JMAC、製造業のDX実現に本当に必要な「デジタル人材」とは?
ポイントは自社と業務への理解度×デジタル
いまDX(デジタルトランスフォーメーション)の実現に向けて「デジタル人材」に注目が集まっている。
デジタル人材とは、デジタル技術やツール、データ活用に長けた人材、特にデータサイエンティストやAI技術者といった職種がそれにあたるとよく言われるが、それだけではない。デジタル人材が果たすべき役割はデジタルを活用した経営課題の解決であり、計画を立て、業務や現場の実務に落とし込み、実行するための人材も必要だ。
では、製造業のDXに本当に必要なデジタル人材とはどのようなものか? 日本のものづくり産業のコンサルティング業務で40周年を迎え、日本の製造業を知り尽くした日本能率協会コンサルティングの神山洋輔氏と小野甫氏に聞いた。
生産コンサルティング事業本部グローバル調達・革新センター小野甫チーフ・コンサルタント(左)とデジタルイノベーション事業本部神山洋輔チーフ・コンサルタント
社内人材のデジタル化が急務
日本の製造業のデジタル化の進捗状況と課題は?
—— 先日、御社は日本の製造業各社のデジタル化推進状況の実態調査レポートを発表しました。そこでは日本の製造業のデジタル化の進捗状況の分析と、DXに向けて必要なデジタル人材の姿に言及していました。日本の製造業はツール導入が先行し、企業としてデジタル化で何をするか? どのようなデータを取るかといった情報活用とそのマネジメントが遅れているとの指摘がありました。まずはレポートのまとめとして日本の製造業のDXの現状と課題について教えて下さい。
今回の調査は、より実態を正確に把握するため、製造業の企業が「現場から情報が取れているか(情報化)」「それをマネジメントに活用できているか(マネジメント)」に着目し、それらがどのレベルまで達しているかを調べました。
情報化については、情報が活用できる状態で保管されているか(蓄積)、情報共有はどこまで行えるか(広がり)、情報の整理・詳細さ(深さ)、情報収集の範囲(カバー率)、情報収集の頻度はどれくらいか(鮮度)の5項目を調査しました。
そこにデータ活用の計画性と定量的な目安(KPI)の有無、改善など問題解決につなげているか(PDCA)といったデータ活用のマネジメントをどこまで行っているかを調べ、それらをかけ合わせてデジタル化の実態を明らかにしました。
結果を六角形の図で表すと、下の図のようになりました。蓄積、広がり、カバー率は高く、マネジメントレベル、深さ、鮮度は低めという結果でした。
この結果から、日本の製造業のDXの進捗具合を考えると、ツール導入によってそれなりに情報を集めて蓄積し、現状把握はできていますが、原因解明や対策、情報の有効活用の仕組み化などマネジメントのレベルアップまでは至っていない。デジタル化で何を目指すか、どんな問題を解決するかといったマネジメントの方針が明確になっていないので、どこまでの情報(深さ)を、どういった頻度で取るのが良いか(鮮度)は決まっていない。情報化とマネジメントの両輪がそろったとは言えず、マネジメントの弱さが目立ちます。
ツール先行・マネジメント軽視が生んだ弊害
—— 一応、進んではいるが、問題アリといった状況ですね。それでも、製造業でIoTやデジタル化がトレンドになって5年近くたちますが、ここに来てフェーズが変わったと感じています。以前は取りあえず大量のデータを集めることが大事であると言われましたが、最近はピンポイントで必要なデータを取りに行くことが多くなっている気がします。
初期は「とにかくIoTをやれ」という上司の指示のもと、多くの企業が取りあえずツールを入れてデジタル化を始めました。しかし時がたって振り返ってみて、結局ツールを入れて何がしたいんだっけということに多くの企業が気づき、少し悩んでいるというのが今だと思います。デジタル化の手段ばかりに目がいって、何を目指すか、そのためにはどうするか、マネジメントの整備が本当に重要であると気づいている企業は決して多くないと思います。
例えば、トラブルを減らして生産性を上げたいという目的でツールを導入し、稼働率を見ているのに、一向にトラブル件数が減っていかないというケースがよくあります。本来はトラブルの発生原因を見極めて、それを減らすためのデータ活用が大事なのに、そっちではなくて稼働率という結果だけを見てしまう。「デジタル化によって何を、どう達成するか」のマネジメントが定まらない段階でツールから始めてしまった弊害です。
当社は以前から「ツールから入ると失敗する。デジタル化を成功させるためには、自社の経営課題を明らかにすることが最優先である」と警鐘を鳴らしてきました。
同じ製造業、同じ業界にいて、たとえ同じ製品を作っている工場であっても、企業ごとに強みと弱み、抱えている経営課題は異なります。自社がどこを目指すのか、どこまでやるのかは各社各様のあり方があり、違っていて当然です。デジタル化は、各社の戦略にもとづいて進めるのが正しいあり方だと思います。新しいツールが次々に発売されるので、ついついそちらに走りたくなってしまいますが、自社の経営課題が先であることは忘れてはいけません。
スマートファクトリーについても、その構築について当社もよく相談を受けるのですが、マスカスタマイズに適した企業もあれば、大量生産を完全自動化で無人工場とした方が良い企業もあります。そこを明確にすることを怠って「ウェアラブル端末を使えばミス防止ができる」「人にセンサを着けると動線を見える化できる」といったツールの組み合わせに走って失敗した。そうした事例はごまんとあります。デジタル化やスマートファクトリーの失敗の元凶はそこにあるのではないかとにらんでいます。
—— ツール先行は注意しないといけませんね。デジタル化のアプローチについて、トップダウン型の上からのデジタル化と、ボトムアップ型の下からのデジタル化があり、日本は現場が強いのでボトムアップが適しているなど、以前からさまざまな意見があります。ここまでお話を聞いていると、トップがきちんと方針や戦略を示し、その上で現場など下も動いていくということが大切だという気がします。
その通りです。いまはデジタル化の黎明期で、各社からツールがポンポンと新しいものが生まれていくので、ついついそちらに走りがちになってしまいます。そこは注意しないといけないと思います。
ボトムアップで現場が走りすぎると、データ連係の面で上が苦労することがあります。例えば上司がAとBのデータをかけ合わせて分析したいと言っても、すでに現場にはツールがガチガチに入っていてデータが取れない状況になっているということがよくあります。
デジタル化のアプローチは、会社の方針にもとづいて進めていく話と、工場や現場の課題をどう解決していくかを切り分けて考えることが大事だと思います。
経営課題の解決はデータ分析だけでは成功しない
—— バランスの悪いデジタル化を避けるにも人の力がポイントになりそうです。DXに必要な人材について、御社では役割によって4種類を挙げています。なぜこの4種類なのか、そこに至った背景を教えて下さい。
今回、デジタル人材として、経営課題を明確にして目標を設定する「デジタルマネジャー」、それを解決するための要件定義と実装を行う「デジタルビルダー」、導入された仕組みを運用し、社内への普及・拡大を図る「デジタルトレーナー」、データサイエンティストのようにデータを分析し、新たな課題や仮説を導き出す「デジタルスペシャリスト」を設定しました。
きっかけは社内のディスカッションのなかで、デジタル人材というと真っ先にデータサイエンティストが挙がるが、それだけじゃない、他にもあるはずだという話題になったことが出発点です。
データサイエンティストは専門知識に関する知識がかなり必要で、外部からの登用が一般的であり、社内ですぐに育てられるというものではありません。また彼らが活躍するためには、その土台を整備しておくことも必要です。DXやデジタル化の実現、スマートファクトリーをうまく構築していく上で必要な役割・機能を考えて出てきたのが、前述の4つのプレイヤーです。
DXを実現するためには経営層から現場までバトンをつないでいくことが重要です。特にデジタルマネジャー、デジタルビルダー、デジタルトレーナーは、デジタル化の土台づくりと運用、定着を担う大事な役割です。自社と業務に精通した社内人材である必要があり、その育成が急務となっています。
製造業のDXに本当に必要なデジタル人材の4種類
—— なるほど。先のデジタル化の進捗調査で「マネジメントが弱い」という指摘がありました。まさに彼らは、何を目的に、どんなデータを取り、どう活用して成果を出すかを計画して実行する人たちであり、そこを手厚くする必要があるのですね。もう少し彼らの役割について詳しく教えていただけますか?
デジタルマネジャーは、自社の経営状況を深く理解した上で、そこから自部門で解決すべき課題を設定し、それに対する「デジタルでの解決アプローチ」を決め、実行の指示を行います。「デジタルに明るいビジネス人材」が適任で、生産部門の役員や工場長など経営・マネジメント層が就くことが望ましく、そのためにも彼らのデジタルリテラシー強化が急務です。
デジタルビルダーは、デジタルマネジャーによって設定された課題・計画に対し、要件定義を行い、現場に実装する役割です。現場の実態を理解しつつ、社内のシステムにも精通していることが望ましく、経営と現場の架け橋になることが期待されます。DXの実現を阻害する要因のひとつに、レガシーと言われる既存の設備やシステム、仕組みと、その複雑さとブラックボックス化があります。それを解きほぐして自社に適したシステムに改めるためにも、自前で要件定義ができることが重要であり、そこの責務を負うのがデジタルビルダーです。
デジタルトレーナーは、導入された仕組みを現場で運用して成果を上げつつ、同時に社内へ普及・浸透させていく役目を果たします。デジタルツールが導入されることにより、これまで以上に広い範囲の大量のデータが見られるようになります。例えば、これまで月次で見ていた原価情報がロット単位で見えたり、日次だった現場情報がリアルタイムで把握できるようになったりします。そうしたデータを見て、問題解決やカイゼンして成果を高めていくことが求められます。
デジタルスペシャリストは、いわゆるデータサイエンティストのイメージです。データ連係・分析を通じて新たな問題提起や仮説、価値を見つけていく役割です。
DXに向けた組織づくり・人選は課題ありきで考える
—— デジタルビルダーやデジタルトレーナーはどの部門や役職の人が適任なのでしょうか?
デジタルマネジャーを除けば、役職はあまり関係なく、重視していません。DX実現というプロジェクトのなかの役割や機能の担当者であり、あくまでフラットで上下関係はありません。
権限についても、デジタルビルダー、デジタルトレーナー、デジタルスペシャリストの現場寄りの人々が大きな裁量を持ち、デジタルマネジャーが方針や計画にのっとっているかに対する管理やチェックを行う程度の方が良いと思います。デジタル時代は今よりもっと変化が早く激しくなり、対応のスピード感が大事になります。ITのアジャイル開発のような仕組みが参考になるでしょう。
また担当部門についても、生産や工場に関することであり、設備やシステムにも通じているので生産技術部門というイメージを持たれがちですが、経営課題と解決すべき問題によって変わります。課題ベースで担当部門から人材をアサインしていくイメージです。生産や製造に関するものであれば生産技術部門や製造部門、品質であれば品質管理部門、原価管理であれば生産管理や調達部門などです。
—— DX、デジタル化の実現には、部門間の枠組みを超えた横串が必要だともよく言われます。
よく混同されるのですが、製造業のDXにおいて会社全体の話と生産や工場の話は分けて考える必要があります。ここではあくまで生産や工場というレベルのDXの話です。生産に関わる経営課題をどう解決するかに着目することが大事です。
まずは自力でデータ活用を実行。システム導入は二の次
—— DXには自社の業務理解が重要です。すでにそれを身に着けている社内の人材がデジタルを学び、それを業務に生かしてデジタル化を進めていくのは大賛成です。そのためにも情報に対するマネジメントを強化し、課題をベースにきちんとした目的と計画を立てて実行していくことが大事というのも納得です。では、それに向けてどう動いていくのがいいのでしょうか。注意すべき点などあれば教えて下さい。
繰り返しになりますが、ツールに走りすぎないことが肝要です。その点では、やりたい目的に対してデータを取得して集めて分析し、解決策を実行するというサイクルを、初めは無理をしてでもExcelを使ったような手作業、力技でやってみるという姿勢が大事だと思います。
ツールやシステムを導入した際の、肥大化する、使われなくなる、改修できない、ブラックボックス化するといった問題は、自分たちでやらないまま、「できたらいいね」という願望を盛り込んだり、定義が曖昧なまま進めることで発生します。
確かにすべてをExcelでやるのは大変ですが、ひとつの工程であれば人力で何とかできる範囲です。これが生産ライン全体、複数ライン、工場全体、複数拠点、サプライチェーン全体となったら無理です。小さなPoCを人力で回し、それをシステム化して横展開、拡大していくという手順を踏むことで、業務とデジタルの知見を蓄積していけると思います。
製造業専門40年の知見と実力でスマートファクトリー構築を支援
—— 最後にメッセージなどあればお願いします。
JMACは製造業のコンサルティング会社として一般社団法人日本能率協会時代からは78年、分社独立してからは40年の歴史があります。その中でわれわれは、スマートファクトリーをどう作るか、その構想の企画段階から実装まで構築の支援に力を入れています。
当社が考えるスマートファクトリーを「TAKUETSU-PLANT」と名付け、経営課題の実現を先進テクノロジーの適用によって解決しています。生産システムが目指す姿とシナリオを、これまでに蓄積した知見からリファレンスモデルとして整理してあり、お客さまにとっての理想の姿はどういうものかから議論を始めていきます。スマートファクトリーやデジタル化、DXに向けてお困り事や相談があれば、ぜひお声がけ下さい。
また、デジタル化やIoTをスタートするのに最適な「IoT7つ道具」も提供しています。中小企業でIoTを始めてみたい、IoTで何ができるのか、自社では何を目的にしたらいいのかを見つけるのに適しています。こちらも活用し、デジタル化の実現に進んでほしいと思います。