IEEEがプレスセミナーを開催 『VR/ARの現状と未来への展望』

IEEEがプレスセミナーを開催 『VR/ARの現状と未来への展望』

IEEE(アイ・トリプル・イー)は、『VR/ARの現状と未来への展望』と題したプレスセミナーを、2月16日に東京・大手町で開催した。今回は、VR(人工現実感)/AR(拡張現実感)やウエアラブル端末のほか、それらを活用した身体性拡張などの研究で知られる東京大学先端科学技術研究センター稲見昌彦教授が登壇。ヘッドマウント型のVRゴーグルの登場や、VRを使ったスマートフォン用ゲーム「ポケモンGO」の世界的な大ヒットで盛り上がるVR技術の現状を中心に、AR、各種センサー、ロボットなどの先端技術を使った世界の最新研究成果とそれらがもたらす未来の姿などを紹介した。

VR/ARの歴史と現状

稲見教授は、VRの定義について「存在しないものを、そこにあるかのように出す」ものだと解説。古くは古典落語「だくだく」に、家財道具を絵でごまかし、道具はなくても「あるつもりでいいんだ」とした台詞もあるという。その「つもり」について、外側から視覚などの感覚に働きかける技術が進化しているのがVRだ。

ヘッドマウント型のVRゴーグルが各社から発売されている。中でも、アメリカ・マイクロソフトの「ホロレンズ」は外側の空間を認識するカメラを備え、非常に高精度に位置を認識することでVRの画像のズレ低減に成功。開発キットも公開され、だれでも比較的容易にVR技術を活用したアプリケーションを開発できるようになっている。高性能の機器が安価に手に入る状況と、それを自由に活用できる環境が、VRの普及を促進している。

ちなみにVRのVirtual(実質的)がなぜ「仮想」と訳されるようになったのか。稲見教授によると、日本大手のあるシステムエンジニアがVirtual memoryを「仮想記憶」と翻訳したからで、そのエンジニアは「もっと良い訳があった」と悔やんでいたという。

世界的なVR研究の“始祖”はアメリカの計算科学研究者アイヴァン・サザーランド博士で、1965年にアイデアを出し、1968年にヘッドマウント型の3次元ディスプレイを製作した。宇宙開発と同様、新しいフロンティアとしてサイバースペースが注目され、研究が続いてきた。アメリカ航空宇宙局(NASA)は1985年にヘッドマウントディスプレイ(HMD)「バーチャルワークステーション」、1989年にはアメリカ・VPLリサーチが「eye phone」を出すなど、約25年周期でVRのブームが起きてきたと稲見教授は説く。

昨今のVRブームは、アメリカ・アップルのスマートフォン「iPhone」が、カメラやセンサーなど必要な技術を小型で安価にしたことから、一気にVR技術が手軽かつ高度化したことが契機だとし、稲見教授は「VRテクノロジーの民主化」と表現している。

VR/ARがもたらす利便性

VRは主にゲームでの利用が盛んで、日本でもVRを活用したアプリ開発のスタートアップ企業を支援する動きなどもあるが、そればかりではない。「身体を介して体験をパブリッシュ(記憶し電送・再生)できるようにすれば、時空を超えて体験を共有できる」というVRの利点を生かす研究やその成果が出ている。

稲見教授は、愛知工科大学工学部の板宮朋基准教授の研究室が開発した、HMDに360度方向に画像を表示する津波シミュレーターに言及。「震災は忘れたころにやってくるという言葉がある。仮想でも一人称で体験すれば、映像などの媒体を通すより忘れなくなる」と強調する。

遠隔情報伝達技術との組み合わせで、触覚などの感覚を伝える成果もユニークだ。慶應義塾大学メディアデザイン研究科の「SMASH」は、リング型のデバイスに心臓の鼓動をバイブレーションとして伝えるシステムで、対話する相手がデバイスを握ると相手の心拍が伝わり、感情をより深く理解することができる。発売されたばかりの有名ゲーム機も、振動による触覚の演出で没入感を深められる。触れた感覚を超音波で与える研究や、嗅覚を遠隔で伝える研究などもある。

今後の可能性

稲見教授は、VR/ARの進化が「身体のバーチャル化」をもたらすと説く。昨今人気のアニメ映画でも、相手に入り込む、相手に“変身”することで、相手をより深く理解できる。スポーツ選手の頭に全方向カメラをつければ、HMDを介し一流選手と同等の競技を体感できる。筑波大学の研究では、子供の視点のカメラ映像をHMDで見ることで、子供がどういう視点で生活しているかを体験する。こうしたVR技術で相手への偏見を減らすことも、対話では足りない要素を体験で補うことも可能になる。

テレプレゼンス・テレエグジステンスといった遠隔と体験を結ぶ技術への応用も期待が高まる。ロボットを遠隔で操作すれば、操作者の能力や場所を問わず有効活用できる。身体の移動コストがゼロになり、ポスト身体社会が訪れることになる。例えば、時差を利用して日本、アメリカ、ヨーロッパの人員に一つの工場で働いてもらい24時間稼働する、といったことも可能になる。

「誰もが好きなときに能力を発揮できる世の中になる」と稲見教授は言う。HMDの一層の進化や、ウェアラブルセンサーや人工知能(AI)といった先進技術との組み合わせにより、あらゆる身体拡張も見込める。身体の欠損をロボット技術で補完したり、人体だけでは出せない能力を生かしたスポーツをしたり、といったことが当たり前になるかもしれない。「IoTが急速に普及する中、VRがビジュアライザー(投影装置)となりサービスが発展するのでは」と稲見教授は述べている。

IEEE

世界最大の技術専門家の組織。人類に恩恵をもたらす技術の進展に貢献している。160カ国、40万人以上のエンジニアや技術専門会の会員を擁する非営利団体で、論文誌の発行、国際会議の開催、技術標準化などを行うとともに、諸活動を通じて世界中の工学やその他専門技術職のための信用性の高い「声」として役立っている。
電機・電子工学およびコンピューターサイエンス分野における世界の文献の30%を出版、2,000以上の現行標準を策定し、年間1,800を超える国際会議を開催。

出典 http://www.ieee.org/


1975年群馬県生まれ。明治大学院修了後、エレクトロニクス業界専門紙・電波新聞社入社。名古屋支局、北陸支局長を経て、2007年日本最大の製造業ポータルサイト「イプロス」で編集長を務める。2015年3月〜「オートメーション新聞」編集長(現職)。趣味は釣りとダーツ。