データ活用社会の落とし穴。データ信用性とトレーサビリティの重要性

データ活用社会の落とし穴。データ信用性とトレーサビリティの重要性

最近、スーパーマーケットで「私がつくりました」という似顔絵や顔写真付きの袋に入った野菜をよく見かける。バラ売りの野菜より少々高めだったりするが、つい手が伸びてしまう。食べてみるとバラ売りのものより美味しい気がする。

生産者の顔が見えるからこそ彼らを身近に感じて安心感が高まり、それが味覚に良い影響を与えているのかもしれない。レストランで一流の料理人が作る料理も美味しいが、家庭の味もそれに負けず劣らずおいしい。安心から生まれる信頼、信用は最高の調味料となる。

 

▼あるハードウェア製品を作る時、どこでどのように作り、どういったルートを経て市場に出回ってきたのか分からない材料や部品を使うのは相当なリスクがある。というよりも、試作段階でもなければそうした材料や部品は使わないのが常識だ。

どんなに素晴らしく高い性能や機能だったとしてもこれは変わらない。だからサプライチェーンをきちんと整え、データシートやトレーサビリティが重要になるのであり、何か不具合やトラブルがあった際も遡ればもとの製造者までたどり着くことができる。

原因解明や修理、改善等で迅速な対応ができるのも、それらが整っているおかげ。当たり前のことだが、顔が見える、データが出せるといった安心と信用は大事だ。

 

▼IoTやデータ活用に関するブームが過熱気味だが、素朴な疑問をぶつけてみる。そこで使っているデータはそもそも信用できるものだろうか? どこから誰がどのようにデータを集め、どういった加工を経てサービスやビジネスに組み込まれたのか証明はできるのだろうか?

ある装置にセンサを取り付け、1分ごとに温度を測ったデータである。これぐらい単純であればいいが、これから先、データ活用社会がもっと進んでいくと、データを取得して集めた人、分析・加工する人、売買する人、サービスに落とし込む人など多くの人が色々な立場でデータに関わってくる。

そうなるとデータが元の形から変質することは容易に想像できる。そうしたデータを使って作られたサービスは信用でき、安心して使えるだろうか?

 

ハードウェア製品は長い歴史のなかで失敗を繰り返して高い安全性と信用を実現する仕組みを構築してきた。それでも事故やリコール騒ぎが発生し、絶対の信用までは道半ばだ。

IoTやデータ活用の市場は新しく歴史が浅い。いまはその可能性を試行錯誤する段階かもしれないが、それでも現時点で安全性や信用に関わる部分を組み込んでおけば次のステップでは大きな武器になるはずだ。


1975年群馬県生まれ。明治大学院修了後、エレクトロニクス業界専門紙・電波新聞社入社。名古屋支局、北陸支局長を経て、2007年日本最大の製造業ポータルサイト「イプロス」で編集長を務める。2015年3月〜「オートメーション新聞」編集長(現職)。2016年5月〜「ものづくりニュース by aperza」編集長兼任。 趣味は釣りとダーツ