IoTで現場のリアルとバーチャルを描くには

IoTで現場のリアルとバーチャルを描くには

リアルの世界のデジタル化、つまり標準化を進め、フィードバックとフィードフォワードで情報を生かす、という話です。

現場のデジタル化(標準化)を進め、バーチャルの世界と融合させます。

作業者のデジタル化によってマスカスタマイゼーションへ対応するシステムを構築します。

 

自工程で得られたデータは後ろ向きばかりでなく、前向きにも生かせます。

1.「リアルの世界」と「バーチャルの世界」を融合

ドイツでは次世代の製造業に向けてインダストリー4.0という高度技術戦略が国家主導で進んでいます。

マスカスタマイゼーションを目指し、工場の生産ラインとITシステムを連携させることで自律性が高いスマート工場を実現する将来像が描かれています。

具体的には、「人とロボットの協業」「生産設備のモジュール化」等がカギとなっているようです。

 

その主要メンバーであるボッシュ社はインダストリー4.0に基づいた生産革新を加速させています。(出典:『日経ものづくり』2015年12月号)

ボッシュ社は見込生産品の自動車部品から受注生産品の産業機械まで幅広い製品群を自社、およびグループ会社の工場で製造しているドイツのメーカーです。

インダストリー4.0に基づいた生産革新で、「リアルの世界」と「バーチヤルの世界」を融合させようとしています。

 

「リアルの世界」とは現場に存在するモノやコト全てを指しています。

治具、工具、生産設備、搬送装置、流動する製品、作業者、作業動作、生産計画、不良品、作業環境、工場の建屋、作業標準書、工場方針、安全活動……等々。

ありとあらゆるモノやコトです。

 

こうしたリアルの世界に存在する全てのモノやコトを「情報」として扱うために「デジタル化」に力を注いでいます。

工場に存在する「リアルの世界」を、ITシステムという「バーチャルの世界」に寸分違わぬ精度で再現して、両者をリアルタイムで連携させるためです。

こうすると、次のことが可能です。

 

  • リアルの世界での変化をバーチャルの世界へすぐさま取り込むことができる
  • バーチャルの世界でさまざま変更を検証してから即座にリアルの世界で実施することができる

 

カイゼン活動を通じてより望ましい作業手順や製造条件が明らかにされた時、新たな成果を漏れなく、正確に、使える形で、蓄積していくことが可能になりそうです。

カイゼン活動では実績を現場へ定着させてナンボノものです。

また、リアルの世界で問題発生した時、バーチャルの世界でシミュレーションをして最善策を探ることも可能になりそうです。

 

リアルタイムでCAEを行うイメージでしょうか。

仕事のやり方、働き方が根底から変わっていきそうです。

ボッシュ社では具体的にいろいろな取り組みを進めているようです。

人を中心に据えている点がインダストリー4.0の真骨頂

産業機械向けの油圧機器や電動機器を生産している工場では、ほとんどが受注生産であり、年間に生産する製品の種類は4500にもなるほどの多品種少量生産となっています。

その組み立てラインでは、ワークのICタグをリーダーで読み込むと、写真付きの作業手順がモニターに表示されます。

ここまでならよくある話という感じですが、ボッシュ社では人に注目して、さらに踏み込んだ対応をしています。

 

作業者は全員bluetooth端末を携行しています。

ワークステーションのコンピュータと常時通信していて、現在、作業者が誰なのかコンピューターが”認識”できるようになっています。

そうして、作業者の習熟度や使用言語によってモニターに表示する内容を変えているとのこと。

 

作業者がドイツ人ならばドイツ語、日本人なら日本語とモニターで表示する言語を切り替えたり、また、習熟度の低い人には写真や動画を用いた詳しい説明が可能になります。

作業者の習熟度や使用言語に応じてモニターに表示する内容を変えられるようにしているのが作業者のデジタル化です。

 

表示する言語の切り替えは今後、日本でも海外からの労働力も活用しようとする場合、必要となる対応です。

自動車部品を製造する工場に所属していた頃、外国人派遣労働者も現場で大勢頑張っていました。

南米の国々から来た人が多かったです。

 

母国語がポルトガル語のため作業標準書の内容を指導するのに苦労しました。

まだまだ、規制緩和は進んでいないようですが、介護や建設の現場等で外国人労働者の活躍の場が広がりつつあります。

こうした現場でも生かせそうなアイデアです。

 

また、生産ラインに入ってきたばかりの習熟度の低い作業者でも、膨大な種類の製品が流れてくる組立ラインでの作業に対応できます。

こうしたシステムも、今後、モノづくりの現場では威力を発揮しそうです。

少子化のため現場では少数精鋭にならざるを得ず、加えて付加価値拡大のために、マスカスタマイゼーションも実現させる必要があり、現場の多能工化は不可避だからです。

 

ただ、現場でコンピュータに、常時”認識”されているのもなんだなぁ、という気分でもありますが……。

前向きに活用する分にはヨシとしましょう。

ウェアラブル・デバイスとセットで作業者の健康管理の仕組みを構築するアイデアなんかも浮かびます。

 

体調が悪くて作業中に倒れて労災になるのを未然に防ぐとか。

3.ビッグデータの活用

MEMSセンサーの工場では、生産ラインから得られるビックデータの活用が進んでいます。

情報を活用する方向が2つあります。

「フィードバック」と「フィードフォワ―ド」。

 

フィードバックの例としては、ワークの状態や加工結果に関するデータを工程ごとに計測・集約し、分析結果を工程改善やメンテナンスに役立てています。

フィードフォワードの例としては、リアルタイムにワークの状態や加工結果に基づいて次工程の加工パラメーターを調整するという運用を実施しています。

さらに、フィードバックにしても、フィードフォワードにしても技術者を介さずに、生産ラインが「自律的」に行えるようにすることを目指しているようです。

 
ビックデータを「フィードバック」と「フィードフォワ―ド」して現場で成果を得るためには、ベテラン作業の技能やノウハウの見える化が不可欠です。

得られたデータを元に判定するための判断基準が必要になります。

下限値、上限値、標準値等、あらゆる作業、プロセスを見える化、数値化、デジタル化が不可欠です。つまり、標準化です。

4.ボッシュ社の事例から学ぶこと

リアルの世界をデジタル化する。これは、まさに、今、進めるべきことです。

近い将来、モノづくり工場を舞台にした画期的なICT(情報通信技術)が開発され現場への導入が進む時期が訪れるはずです。

業界に先駆けて、あるいは競合に先駆けて導入してこそトップを走れます。

 

ただし、こうした技術は、使いたいと思った時に即導入できるものではありません。

事前の準備が欠かせません。

それが、リアルの世界をデジタル化することであり、つまり標準化です。個別の作業、各工程のプロセスの標準化です。

 

こうした地道な作業の成果がICTの導入でネットワーク化され進化が加速されます。

ですから、まず、デジタル化、つまり、やっぱり標準化です。

また、生産現場から得られたデータは前と後ろの2つの方向で生かせることも意識しましょう。

 

フィードバックとフィードフォワードです。

結果を次回に生かすためにフィードバックをする、という姿勢は多くの現場に見られるようですが、意外にフィードフォワードの感覚を経験することが少ないかもしれません。

何せ現場で製品を流していれば、ドンドン前へ製品が進むわけで、自工程で得られたデータを次の工程で生かそうと思ったときには、すでに加工が終わっていた……というのが、これまでの、ほとんどの現場での状況だったからです。

 

それが、いまでは、ICTの進化でデータの処理速度や保持できるデータ容量が早く、大きくなっています。

ですから、リアルタイムにデータを必要とされるところへ送り、生かすことが可能です。

工程の前の方向へリアルタイムでデータを生かすことも可能です。

 

いろいろ知恵を絞って情報の生かし方を考えてみましょう。

まとめ。

現場のデジタル化(標準化)を進め、バーチャルの世界と融合させる。

作業者のデジタル化によってマスカスタマイゼーションへ対応するシステムを構築する。

自工程でえられたデータは後ろ向きばかりでなく、前向きにも生かせる。

 

リアルの世界のデジタル化、つまり標準化を進め、フィードバックとフィードフォワードで情報を生かす。

出典:株式会社 工場経営研究所 伊藤哉技術士事務所


製造業専門の工場経営コンサルタント。金属工学の専門家で製造/生産技術、生産管理、IEにも詳しい。エンジニアの視点で課題を設定して結果を出し、工場で儲ける仕組みを定着させることを得意とする。コア技術の見極めに重点を置いている。 大手特殊鋼メーカーで20年近く、一貫して工場勤務。その間、エンジニア、管理者としての腕を磨く。売上高数十億円規模の新規事業の柱となる新技術、新製品開発を主導し成功させる。技術開発の集大成として多数の特許を取得した。 その後、家族の事情で転職し、6年間にわたり複数の中小ものづくり現場の管理者を実地で経験した。 大手企業と中小現場の違いを肌で理解しているのが強み、人財育成の重要性も強調する技術系コンサルタントである。 技術立国日本と地域のために、前向きで活力ある中小製造企業を増やしたいとの一念で、中小製造業専門の指導機関・株式会社工場経営研究所を設立。現在、同社代表取締役社長。1964年生まれ、名古屋大学大学院工学研究科前期課程修了。技術士(金属部門)