AIは、日本のものづくりをどう変えるのか

AIは、日本のものづくりをどう変えるのか

シーメンス ラフール・ガーグ氏に聞く、Industrial AIを現場成果へ変える条件

AIは、日本のものづくりをどう変えるのか。

シーメンスは2026年6月5日、生産・工作機械業界向けフォーラム「Japan Machinery Innovation Forum 2026」を開催した。同イベントで講演を行ったシーメンス デジタルインダストリーズ ソフトウェア 産業機械領域 グローバル・バイスプレジデントのラフール・ガーグ氏にインタビューを実施。AI時代における日本のものづくりの可能性と、Industrial AIを現場の成果につなげる条件について聞いた。

AIは、製造業の競争条件を大きく変えようとしている。
だが、その変化はまだ始まったばかりだ。

シーメンス デジタルインダストリーズ ソフトウェアで産業機械領域を担当するグローバル・バイスプレジデント、ラフール・ガーグ氏は、現在の製造業とAIの関係について、こう語る。

「私たちは今、AIが製造業にもたらす影響の、ごく初期段階にいます。長いマラソンの第一歩を踏み出したところです。しかし、そのマラソンがもたらす影響は非常に大きく、人々の生活を変えるほどのものになるでしょう」

ガーグ氏は、40年以上にわたり産業界に身を置いてきた。最初の仕事はロボットプログラマーだったという。その経験を踏まえても、現在進みつつあるAIの波は、これまで見てきたどの変化よりも変革的で、影響が大きいと見る。

AIは日常生活だけでなく、製造業のあらゆる領域に影響を及ぼす。設計、製造、サプライチェーン、品質検査、エネルギー利用、保守。これらの業務は、AIによって最適化され、より高い精度とスピードを持つものへ変わっていく。

日本のものづくり、匠、改善はAIで拡張される

では、日本のものづくりはAI時代にどう変わるのか。
ガーグ氏は、日本の製造業に特徴的な要素として、ものづくり、匠、改善を挙げる。

まず、ものづくりについては、AIによってさらに高められると語る。

AIは、多数の設計案や工程条件を短時間で評価できる。人間だけでは検討しきれない選択肢を比較し、よりよい案を導き出せるようになる。これにより、ものづくりの質そのものを高められるという。

改善についても同様だ。
改善は、現場の問題を見つけ、その原因を特定し、直していく活動である。AIは、小さな問題やばらつきを大量に、かつ素早く見つけることができる。そのため、改善活動はAIによって大きく強化される。

ラフール・ガーグ氏

「AIは、小さな問題を数多く、自動的に、非常に速く発見できます。改善はAIによって劇的に高められるでしょう」

工場現場では、スケジューリング、生産、サプライチェーン、オペレーターの作業効率、自動化ライン、電力使用量まで、あらゆる工程にAIの影響が及ぶ。例えば自動車工場の塗装工程では、カメラとAIを使って塗装欠陥を検出し、問題を見つけるだけでなく、解決策の提案や実行まで進める取り組みが始まっているという。

シーメンスは、AIを実用的なものにする領域として、3つを重視している。
1つ目は、エンジニアリングプロセスを速く、効率的にすること。2つ目は、工場現場でAIを活用すること。3つ目は、現実世界の機械や設備と結びつくフィジカルAIである。

日本は強い産業基盤を持つが、AI活用ではまだ伸びしろがある

日本の製造業は、世界的に見ても強い。
ガーグ氏は、外部のベンチマークを踏まえ、産業機械分野で日本は中国、米国、ドイツに次ぐ世界上位の存在だと見る。

一方で、AIの利用・活用という観点では、まだ先行国との差があるという。

「産業機械の分野では、日本は世界で4位前後に位置すると考えています。しかしAIの利用・活用という観点では、10位前後ではないでしょうか」

中国、米国、韓国、フランス、英国、ドイツなどが、日本よりもAI活用で先行していると同氏は見る。
ただし、それは日本にとって悲観すべきことだけではない。AIによる製造業変革はまだ初期段階であり、巻き返す機会は大きい。

「この変革はまだ非常に早い段階にあります。日本にとっても、機会は非常に大きいのです」

PoCで止まる企業に欠けているのは、戦略的ロードマップ

AI活用に取り組む企業は増えている。
しかし、実証実験であるPoCまでは進んでも、業務成果につながらないケースも少なくない。

その違いはどこにあるのか。
ガーグ氏は、戦略的ロードマップの有無を挙げる。

「PoCの段階で止まっている企業は、戦略的なロードマップを作れていない場合が多いと思います。『少し試してみよう』という実験段階に留まり、本格採用の段階に至っていないのです」

重要なのは、単発のPoCではない。
企業のバリューチェーン全体を見渡し、AIをどこで活用できるのか、複数のユースケースを整理する。その上で優先順位を付け、1つ目のPoCに取り組む。仮にうまくいかなかったとしても、失敗理由を分析し、2つ目、3つ目へと展開する。

つまり、PoCは単独の実験ではなく、戦略的ロードマップとつながっている必要がある。

「1つのPoCだけを見て、うまくいかなかったから終わりにするのではありません。ロードマップに沿ってユースケースを定義し、着実に実行していくことが重要です」

シーメンスには、こうしたロードマップ構築を支援するコンサルティングサービスもある。顧客によっては、AI活用のユースケースを200〜300件ほど洗い出し、どこから取り組むべきかを一緒に検討することもあるという。

データ基盤がなければ、AIは局所的な効果に留まる

AI活用を広げる上で、もう1つ欠かせないのがデータ基盤である。

製造業では、「AIを使いたいが、まずデータが整っていない」という声が多い。データ基盤の整備には時間がかかるという印象もある。

ガーグ氏は、データ基盤を「AIの価値を全社的に拡張するための重要な投資」と位置付ける。

「AIを全社的に広げるためには、データ基盤への投資が重要になります。投資をしなければ、AIソリューションの価値は限定的なポイントソリューションに留まってしまいます」

データ基盤があれば、AIを特定の工程や部門だけでなく、企業全体で活用しやすくなる。結果として、AI活用のスケールも速くなる。

もっとも、データ基盤づくりは必ずしも長期間を要するものではない。企業規模や組織の複雑さにもよるが、2カ月以内に始められる企業もあるという。その背景には、クラウドベースのソリューションが増えたことがある。

「クラウドでは展開を素早く進められます。オンプレミスで構築する場合に比べて、時間を短縮できます」

AIは設計者の仕事を速くし、部門間のやり取りも変える

AIは、設計者や生産技術者の仕事をどう変えるのか。
ガーグ氏は、2つの方向から説明する。

1つ目は、個々の業務の生産性向上だ。

例えば、エンジニアが3Dブラケットを設計する場面を考える。AIは設計上の問題を見つけ、代替案を示し、さらにその代替案をどのように設計すれば問題を解決できるかまで提案する。これにより、エンジニアは問題を探し、修正する作業に費やす時間を減らせる。

「AIは、エンジニアが問題を見つけ、修正するために使っていた時間を減らします。その結果、エンジニアの生産性は大きく上がります」

2つ目は、部門間のコミュニケーションや確認作業の自動化である。

ガーグ氏は、エージェンティックAI、すなわち自律型AIの活用を挙げる。AIが設計上の問題を見つけるだけでなく、製造エンジニア、サプライチェーン担当者、調達担当者とやり取りし、設計変更した部品が調達可能か、製造可能か、他の部品と適合するかまで確認する。

これにより、設計変更に伴う確認作業や部門間調整が大幅に効率化される。

「エージェンティックAIは、社内外のコミュニケーションや変更確認を自動化できます。その結果、プロセス全体がより効率的に、より速くなります」

ガーグ氏はこの効果を、少しユーモアを交えて「エスプレッソのダブルショットのようなもの」と表現した。

既存設備にもAIとデジタルツインは適用できる

日本の製造現場には、既存設備や既存の工作機械が数多くある。
AIやデジタルツインは、新しい設備だけでなく、こうした既存設備にも適用できるのか。

ガーグ氏は「可能だ」と答える。
その例として挙げたのが、実行可能デジタルツイン、xDT(Executable Digital Twin)である。

xDTを実装するには、主に2つの要素が必要になる。1つは、対象となる機械のシステムモデル。もう1つは、機械の状態を監視するセンサーやエッジデバイスである。

エッジデバイスは既存機械にも取り付けられる。一方で、機械ごとのシステムモデルは構築する必要がある。シーメンスでは、Simcenter Amesimのようなアプリケーションソフトウェアを使い、ライブラリを活用しながら、システムモデルをより簡単かつ短期間で構築できるという。

「システムモデルとエッジデバイスがあれば、ブラウンフィールド、つまり既存の工場や既存の機械にもxDTを展開できます」

ガーグ氏は、既存工場への導入例としてBorgWarnerを挙げた。同社は自動車部品サプライヤーであり、40の既存工場にシステムを導入し、工場全体のエネルギー消費を監視している。導入期間は18〜24カ月ほどだったという。

DXの次は、インテリジェンス・トランスフォーメーションへ

日本企業は、明日から何を始めるべきか。
最後の問いに対して、ガーグ氏はまず「変化の必要性を認めること」だと答えた。

「日本企業は、過去40〜50年にわたって築いてきた産業力、スキル、専門知識が、そのまま将来に通用するわけではないと認識する必要があります。まず、変わらなければならないという必要性を認めることです」

ガーグ氏は、これまで語られてきたDX、すなわちデジタルトランスフォーメーションは、すでに過去のものになりつつあると見る。これからの焦点は、インテリジェンス・トランスフォーメーション、すなわちIXに移っていくという。

「世界はすでにインテリジェンス・トランスフォーメーションへ動き始めています。日本企業はDXをすべて終えるまで待つ必要はありません」

同氏は、固定電話を経ずに携帯電話へ進んだ国や企業の例を挙げる。DXのすべての段階を順番に踏まなければ、AI時代の変革へ進めないわけではない。むしろ、変化の必要性を認識し、どこをどう変えるのかを示すマスタープランを作ることが重要だという。

日本企業がこれまでDXの緊急性を強く感じにくかった背景には、優れた技術、職人技、規律、勤勉さがあった。これらの強みがあったからこそ、従来の方法でも高い成果を出せてきた。

しかし、AI時代にはそれだけでは不十分になる。

「人間が一生懸命働いても、検討できる案は1つ、2つ、あるいは数個です。一方、機械は非常に短い時間で何千もの評価や提案を行えます。コンピューターの記憶力や処理能力と、人間が直接競争することはできません」

だからこそ、ガーグ氏は日本企業に「素早くAIを採用すること」を促す。

「日本には非常に強い産業基盤があります。だからこそ、それを活用してAIを素早く採用すれば、大きな優位性を得られます。重要なのは、速く採用することです」

同氏は、日本企業には「考えて、考えて、考えて、それから評価する」傾向があると指摘する。一方で、他国の企業では「まず評価してから考える」姿勢も見られるという。

もちろん、新しい取り組みにはリスクがある。しかし、失敗した場合の損失よりも、機会を逃す損失の方が大きい。これが、ガーグ氏の強いメッセージである。

外に開くことで、日本のものづくりはさらに強くなる

インタビューの最後に、ガーグ氏はもう1つの視点を加えた。

日本の産業文化には、自分たちがよく知る企業や人と仕事を進める傾向がある。しかし、より外に開かれた文化になれば、世界には日本企業に提供できる技術や知見が多くあるという。

「文化が開かれれば、世界は日本企業に多くのものを提供できます。シーメンスは、その世界の知見や技術を日本企業に届けることができます」

AIは、日本のものづくりを置き換えるものではない。
むしろ、ものづくり、改善、匠という強みを、より速く、より広く、より確実に発揮するための手段になり得る。

ただし、そのためには、過去の成功体験だけに頼らず、変化の必要性を認め、まず評価し、試し、学ぶ姿勢が求められる。日本の強い産業基盤をAI時代の競争力に変えられるかどうかは、これからどれだけ速く動けるかにかかっている。

 


アペルザニュース編集部です。日本の製造業、ものづくり産業の活性化を目指し、日々がんばっています。