工場の現場では見える化を2つの視点で使い分ける

工場の現場では見える化を2つの視点で使い分ける

見える化の2つの視点、情報を主にデータの形で入手することと、直接に目で見て感じるようにすることを使い分ける、という話です。

1.見える化の主な目的は状況の正確な把握と情報共有化

工場全体を物理的に見通せる見える化は稼働状況等の迅速な把握だけでなく、安全衛生にもイイ効果をもたらします。

現物を迅速に直接、目で見ることができるようにする見える化も大切です。

見える化の主な目的は状況の正確な把握と情報共有化です。

 

見えないモノを見えるようにすることで、思い込みや、思い違いを排除できます。

定量的なデータを手にすることで主観によらず客観的な判断が可能となります。

また、見えないモノをいくら共有しても、ベクトルはそろいません。

 

見えるモノを共有することで、ベクトルがそろい、迅速で適切な判断を現場ですることが可能になります。

工場運営や工場経営で見える化が果たす役割はますます大きくなります。

昨今の外部環境は不確実性が高くなっていて分かりにくいことが多いです。これって、つまりは見えていないことと同じ。

 

そこで工夫により、その分かりにくいことを分かりやすく、見えるようにする必要性が高まってきます。

したがって、見えないモノを見えるようモノに変換する作業のスキルも大切です。

2.見える化の2つの視点

見える化する手段として2つの視点を持つことが、工場の現場で必要です。

1)状況、現象を語っている情報を主にデータの形で入手する

2)直接に目で見て、感じるようにする。

 

加えて、これらを短時間で処理できるようにする。

両者ともに「迅速に」がキーポイントです。

 

さて、分析作業が伴う場合には、圧倒的に前者の見える化が大切です。

あらゆる生産活動をカンでやっていては、現場はたまったものではありません。

一般的な見える化は、前者の事を意味することが多いです。

 

前者に加えて、後者の見える化が有効な場面も多いです。

生産現場の状況把握なんかは正にそうです。

現場に立って、しばらく眺めれば理解できる、というのが理想です。

3.日産自動車 見える化の2つの視点

直接に目で見て、感じるようにする見える化には、どういったケースがあるでしょうか。

人財の把握で、後者の見える化が大切であると語った方がいました。

日産自動車の社長兼最高経営責任者であるカルロス・ゴーン氏です。

 

ゴーン氏が経営と財政危機に瀕していた日産の最高執行責任者に就任したのは1999年です。

日産リバイバルプランで日産をV字回復させた後もトップを務めています。

長期政権です。

 

そこで、ゴーン氏へ下記の質問をしています。

「日産のトップを長く務めているわけですが、裸の王様にならないように工夫していることはありますか」

「リーダーにはすばやく正しい情報が上がる必要性があるわけですが、長期政権となるなかで、難しくなっている面はないのでしょうか」

 

以下がゴーン氏の回答です。

 

『事業をしていると、明確に問題があるかどうかは分かる。

ビジネスの指標は明快だ。売上高、利益はプラスか。

自己資本は向上しているか。いくつかの数値で分かる。政治とは違う。

 

株主や消費者もみんな数値を追っている。

しかも常に激しい競争にさらされている。

ちゃんとした情報がないと正しい判断はできない。そうなれば、会社は傾く。

 

裸の王様になることはできないと思う。

99年当時の日産は客観的な指標がなかった。

信じがたいことだが、会社を示す指標がなかったわけだ。

 

正確な従業員数を把握するのにすら2カ月もかかった。

CFO(最高財務責任者)もいなかった。車種別の利益率など分からなかった。

数字がないから何も見えない。唯一の手段は現場に行くしかなかった。

 

現在の日産は極めて健全な企業になった。

車ごと、市場ごとで詳細な数値が分かっている。

ただ、どのように従業員が思っているか、戦略を理解しているか、モチベーションはどうか、を知るためには現場に行く必要がある。

 

幹部会議であるエグゼクティブコミッティーで、従業員の調査結果もみる。

それは不足の部分に目をやるために実施している。

スコアの悪いところ。従業員が嫌な部分はどこか。

 

例えば組織の煩雑さがどこにあるのか、どうして従業員は文句をいっているのか。

今の日産にはツールはそろっている。

競争が一段と激化する中、裸の王様になっている暇などない。

 

フリクションもある。会社は壁にぶつかる。

重要な決断をするには従業員のいっていることを把握しないといけない。

裸の王様などありえない。』

(出典:2015年10月20日公開の『日経Bizアカデミー』の記事を再構成)

 

1999年当時の日産に客観的な指標がなかったというのは驚きです。

正確に従業員数が把握できない。車種別の利益率も分からない。

信じられないことですが先の前者の見える化が全くなされていなかった。

 

したがって、数字がないから何も見えない、というゴーン氏の言葉はよく理解できます。

自動車部品を製造する工場でエンジニアとして働いていた時、ちょうど、ゴーン氏が日産自動車へ着任する前後ですが、日産自動車と仕事をする機会が結構ありました。

次期開発品のために神奈川県にある研究所に足を運ぶことがありましたが、仕事は淡々とこなし、まさか日産自動車が当時、それまでの苦境に陥っていたとは想像もしていませんでした。

 

“技術の日産”というキャッチフレーズでもわかりますが、それまでのトップは技術優先であったのでしょう。

したがって、経営上、見えない状況があってもあまり気にならない。

しかし、病気は進行していたというわけです。

 

気が付かなければ行き詰る状況に陥るまで、その状況が放置されるということ。

日産自動車のような日本を代表する企業でさえ、こうした事態に陥ります。

ですから、

 

1)状況、現象を語っている情報を主にデータの形で入手する

見える化の大切さを、中小モノづくり工場では改めて理解したいです。

先手必勝で、問題が発生する前に手を打つ工場経営を目指したいです。

 

さて、その一方で、ゴーン氏は、従業員のモチベーションも気にしており、こうした情報を得るためには「現場へ行く必要がある」と語っているのは興味深いです。

全従業員と面談するわけにはいかないでしょうが、モチベーションというあまりに人間臭い項目は、アナログ的なface to faceの現場での接触がなければ、正しく把握できないことをゴーン氏は理解していた。

したがって、

 

2)直接に目で見て、感じるようにする

見える化を図るため、現場へ行くわけです。

優れた経営者は人心掌握にも長けているとよく言われますが、まさに、こうしたことです。

まとめ

見える化の2つの視点、情報を主にデータの形で入手することと、直接に目で見て感じるようにすることを使い分ける。

 

出典:株式会社 工場経営研究所 伊藤哉技術士事務所

 


製造業専門の工場経営コンサルタント。金属工学の専門家で製造/生産技術、生産管理、IEにも詳しい。エンジニアの視点で課題を設定して結果を出し、工場で儲ける仕組みを定着させることを得意とする。コア技術の見極めに重点を置いている。 大手特殊鋼メーカーで20年近く、一貫して工場勤務。その間、エンジニア、管理者としての腕を磨く。売上高数十億円規模の新規事業の柱となる新技術、新製品開発を主導し成功させる。技術開発の集大成として多数の特許を取得した。 その後、家族の事情で転職し、6年間にわたり複数の中小ものづくり現場の管理者を実地で経験した。 大手企業と中小現場の違いを肌で理解しているのが強み、人財育成の重要性も強調する技術系コンサルタントである。 技術立国日本と地域のために、前向きで活力ある中小製造企業を増やしたいとの一念で、中小製造業専門の指導機関・株式会社工場経営研究所を設立。現在、同社代表取締役社長。1964年生まれ、名古屋大学大学院工学研究科前期課程修了。技術士(金属部門)