ドイツ中小企業の製造オートメーション化
アジア製造業のお手本に
欧州の中小企業が実現している『製造オートメーション化』が世界の注目を浴びている。
欧州全体を取り巻く経済は、ロシア、東欧、中国の経済減速の逆風やEU域内課題が山積みで、欧州の優等生ドイツにも暗雲が立ち込めているが、反面欧州の中小製造業の国際的存在感が増している。
もちろんインダストリー4.0に関するドイツ勢の啓蒙活動も影響しているが、欧州の大企業のみならず、中小企業でも製造オートメーション化によるコストダウンが進行しており、国際的コスト競争に注目が集まっている。
最近アジア諸国では、『欧州の中小製造業』の仕組みを学び、『製造オートメーション化』を推進する動きが広まっている。
中国、アジア諸国の製造業は、安い労働力を背景にコスト競争力を武器として発展してきたが、賃金などの人件費は年々上昇し、アジアコストの競争力低下傾向が鮮明化している。
近頃、アジアの製造業界では『既に“アジアコスト”は“欧州コスト”に負けている』との危機感もあり、現地での大きな話題となっている。
事実、ASEAN有力メーカーの購買担当者は『板金部品加工や機械部品加工を発注する際、欧州企業の価格が一番安い場合がある』『欧州からの調達を常に候補に入れている』と明言している。
もちろん、すべての業種や製品に当てはまる話ではないが、このような傾向が強くなっているのは事実である。
では、なぜアジアで欧州の製造オートメーション化が注目されるのか? 日本でもオートメーション化は世界に類のない水準で進んでいる。なぜ日本が話題に上らないのか?
今回の提言では、アジアの製造業から見た『欧州と日本の違い』を浮き彫りにし、ドイツの魅力と日本の魅力の違いに焦点を当て、日本の中小製造業のスマート工場化や国際化への課題を点検していきたい。
当然ではあるが、アジア(特にASEAN諸国)製造業は、欧州と比べ日本との関係が非常に強く、日本の影響を強く受けている。
関係者のほぼ全員が日本製造業を高く評価している。日本は労働者のレベルが高く、誰もが優秀で、本物の熟練工が数多くいる国であると、アジアの全員が評価している。
また、日本の品質は折り紙つき。オートメーション化による製造コストダウンの現実も皆が理解している。
アジアから見て、日本は魅惑の国である。
『日本の優秀な熟練工の力を使いたい』と願うアジア製造業経営者は数多くいる。
しかし、意外なことに(日本製造業を師として)日本の仕組みを学び、将来の礎にしようと思う経営者にお会いしたことはない。そう思っても、「自分ではできない」と思っている。
先端的なアジアの製造業経営者は、単なる労働集約的生産からオートメーションを軸とする最新鋭工場の構築を目標にしており、そのお手本が“欧州”、特に『ドイツ』に向けられている。
日本の中小製造業が再起動し、明るい未来を築くためには、この理由を完璧に理解する必要がある。
この答えを求め、ドイツと日本の中小製造業の実態を比較すると、『経営者の視点』に大きな違いがある事がわかる。
製造業は『Q 品質(Quality)』『C コスト(Cost)』『D 納期(Delivery)』=QCDの3本の柱で成り立っているが、QCDの実現手段に両国経営者の視点の違いが存在する。
ドイツも日本も『熟練工を大切にし、オートメーション化によるQCDを追求する』という目的は同じである。
この実行手段に、ドイツでは『生産技術』を重要視する。
経営者自らが『優秀な生産技術者』となって、徹底推進している。ドイツ経営者は常に論理的観点から、デジタル化実現のために“世界の業界標準ソフトウェア”を導入し、自社の運営形態をソフトに合わせて変えようとする。これがドイツ経営者の視点である。
日本の経営者は『現場』を最重視する。経営者自らが『現場ベテラン』となって改革を推進する。熟練工のノウハウや現場の意見をとても大切に扱い、オートメーション化推進に際しても、常に自社の体質に合わせたソフトを求め、自社の運営形態を壊さず推進しようとする。これが日本の経営者の視点である。
SAP(サップ)は1972年にドイツで創業し、従業員50,000人を有するビジネスソフトウェアの大企業であり、業務システム全般を扱う世界最大のソフトウェア企業である。
ドイツの中小製造では、企業内に存在する情報を統合管理することは極めて一般的であり、SAPの提供するソリューションでこれを実現している。
3D-CADやPDM(Product Data Management)も、ドイツ中小製造業では非常に高い普及率となっており、SAPとの統合がなされ、高次元での情報の統合とオートメーション化が実現している。
ドイツでは、大企業も中堅中小企業もSAP。ドイツのインダストリアル4.0が、工場間や系列間での密なネットワークを目指している背景の一因でもある。
日本ではなかなか見られない現実である。
一方、日本のグローバル大手企業の設計製造部門は、3DCADを中心とするコンカレントエンジニアリングで世界最高水準にある。
生産技術部門も文句なしの世界最高水準である。オートメーション化のレベルでは、規模も内容も最高峰にある。
これを実現したシステムは、競合他社との差別化を目的に“自社の資金と技術力”で開発された『独自システム』の場合が多く、外部への情報開示も限定的となっている。
日本の中小製造業においてもデジタル化は非常に進んでいるが、生産管理システムなどを導入する場合、ローカルなソフト会社に依頼し、独自システムを構築する企業が多く、SAPなどの国際的業界標準ソフトを導入する企業は稀である。
このような比較から得られた結果は、どちらが優れているといった評価ではないが、アジアの経営者にとっては、ドイツ式を学ぶほうが実現の早道であることは明白である。
日本の製造業にとって、『ドイツ式が優れているからドイツ式に変えよう』という発想は危険である。
しかし、このままでは日本の製造業界そのものがガラパゴス化してしまう危険もはらんでいる。
日本が培ってきた現実を真に『差別化エンジン』と捉え、未来に向かう『スマート工場』に向けた日本式増築計画をさらに練らなければならない。
ドイツのインダストリアル4.0は、業界標準を受け入れることができる土壌をベースとして提唱され、推進されている。
米国の製造業界はドイツ以上に論理的であり、現場は非熟練工が前提の国である。米国GE提唱のインダストリアル・インターネットも、顧客サービス領域までの統合を視野に入れているので、日本でそのまま受け入れることは容易ではない。
日本における中小企業再起動の原則は、ドイツや米国が提唱する将来像を正確に把握し、日本の事情に則した段階的拡張を実施しながら、彼らより先に目的を達成し国際競争力を盤石なものにすることである。