デジタル時代の“産業の米”はデータである
日本ではかつて、産業発展に欠かせないもので大量に生産し消費されるものを「産業の米」と呼んだ。
冷戦時代には鉄鋼が、1980年代から90年代にかけては半導体が産業の米と呼ばれ、国を挙げて育成すべき分野、守るべき牙城とされた。
重要な技術情報の流出や外国企業の急成長、日本企業の舵取りの失敗などもあり、いまでは両分野ともに厳しい状況に追い込まれてしまった。ハードウェア中心のモノ売りからサービスを軸としたコト売りへのビジネスモデルの変化に加え、日本人の食生活の変化と米離れが影響してか、最近はめっきり産業の米という言葉自体も使われなくなった。
▼2011年の世界経済フォーラム(ダボス会議)の報告書のなかで「パーソナルデータは新しいオイル(石油)になるだろう」との方向性が示され、それ以来、「データ=オイル」という言葉が頻繁に使われるようになった。
オイルは精製して自動車や発電所の燃料、機械などの潤滑油、さらにナフサとしてプラスチックなどさまざまなものの材料として使われ、これまで多くの経済活動を生み、価値を創出してきた。
ダボス会議では、これからはデータがオイルと同じように経済活動を活発化する燃料となり、データはオイルと同等かそれ以上の価値を持つ資源になることを示唆した。7年後の今、現にそうした社会になりつつある。
▼日本では産業発展に不可欠なものを「米」に喩え、世界はそれを「オイル」で表現した。日本はSociety5.0、コネクテッド・インダストリーズでデータ活用を未来戦略の柱に置いており、その意味では今の産業の米はデータと言っても過言ではない。
かつての産業の米である鉄鋼と半導体は世界市場で高いシェアを取ることを重視したが、それ自身が売り物ではないデータではそうはいかない。データやそれを生かした製品やサービス、ビジネス開発が重要になる。
寿司は米を使った日本料理の中で最もポピュラーで、世界でも人気のあるレシピだ。最近は米を原料とする日本酒も人気のようだ。これから製造業には産業の米を生かしたさまざまなレシピを作り、販売することが重要だ。寿司のような世界的なヒット商品が生まれることを期待したい。