サラリーマン意識を捨てなければ製造業の未来はない

サラリーマン意識を捨てなければ製造業の未来はない

私は「サラリーマン」という言葉が嫌いである。だから自分がそのカテゴリーに括られることを良しとしない。スーツを着て出社して外回りをし、上司と部下に挟まれ、酒を飲んで愚痴を言った後、満員電車に揺られて帰っていく。生活スタイルは典型的なサラリーマンだが、決して私はサラリーマンではないと思っている。

職業ではなく、雇用形態を指す「サラリーマン」

サラリーマンとは一体何か? Wikipediaによると、「日本における会社員(正規雇用)を現わす用語で、民間企業に勤める給与所得者のうち、役員や専門職(医師・弁護士など)を除いた者である。和製英語」という。国語辞典では「給料で生計を立てている人」「給料取り」「勤め人」などと解説している例もあるようだ。
 つまり、職業を意味するのではなく、雇用形態を指している言葉だ。私は記者であり、編集者であ り、営業であり、自分の「職業」にプライドを持っている。また目指すべきところもある。だからサラリーマンではない。さらに、イメージ良く言い換えただけの「ビジネスマン」とも違う。

サラリーマン意識こそ弱体化の原因

ある大手メーカーOBと話したところ、いま製造業にいる社員の多くがサラリーマン化しているという。彼曰く「企業の枠にはまり、それに守られ、目指すべき目標点もなく、ただ惰性で仕事をしている。売り上げが伸びず、競争力が落ちているのは当たり前だ」と憤慨していた。日本の製造業を元気にし、各人が幸せになるために大事なことは、働いている個人の意識改革だ。サラリーマンなんて薄っぺらい言葉に括られてはいけない。製造業で働くということは、もっと高尚で素晴らしいものなのだから。


1975年群馬県生まれ。明治大学院修了後、エレクトロニクス業界専門紙・電波新聞社入社。名古屋支局、北陸支局長を経て、2007年日本最大の製造業ポータルサイト「イプロス」で編集長を務める。2015年3月〜「オートメーション新聞」編集長(現職)。趣味は釣りとダーツ。