『工場長左右田喜八のつぼやき』喜八、求人難に悩む
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今年の新卒採用者がうちの工場にも二人。
少子化で、若い人が減っているからというとそうでもない。
この不況の中どうしても安定志向というか、有名企業や公務員に志望が集中する。
うちのような地味な中小企業に応募してくる若者はほとんどいないのだ。
やむを得ず不足の人員はパートや契約社員、派遣などの非正規雇用に頼っている。
本当はできるだけ正社員で採りたい……。
多くの企業がコスト削減に苦労しているというのに、おかしな考えだと思われるかもしれない。
それは過去の苦い経験があるからだ。
バブルがはじけて一気に不況がきたとき、どの企業もコストを抑えるため新規採用を控えた。
小泉構造改革で規制緩和が進められて、製造業の非正規雇用が認められるようになると、その年代の人員はすべて非正規でやりくりした。
支払いは安いし福利厚生も要らず、使い勝手は良かった。
が、非正規雇用は工場には残らない。
その結果何が起きたと思う?
その年代がポッカリ抜けた人員構成になってしまった。
もし正規採用していたら、今ごろは一番脂の乗り切った、まさにうちの技術を担うリーダーになっていただろう。
それがいないのだ。
今の課長や職長の顔ぶれは当時とほとんど変わらない。
その下は離れた若い世代で、仕事の責任を持たせるにはまだまだ経験と知識が不足している。
何が問題かって?
オレたちと若手との世代ギャップが大き過ぎて、固有技術やノウハウがうまく継承できないのだよ。
若いのは教科書で習った理屈に頼る。だから年寄りの経験をまともに聞こうとはしない。
マニアルさえ見れば一丁前の仕事ができると思い込んでいる。
だが、マニアルに書かれてあるのはあくまで標準でしかない。
実際の仕事というのはマニアル通りに行かない方が多いのだ。
壁に突き当たったとき、彼らは解決の手掛りをもっぱらインターネットに求める。
インターネットが役に立たないとは言わないが、ほとんどが基礎知識で、実戦ですぐ使えるものではない。
先輩や上司の経験は生きた応用知識だ。
それを伝えられないのは、頭の固い年寄りの側にももちろん問題はある。
だが、コミュニケーションの取り方が、若い衆はお世辞にも上手いとは言えない。
あるいは仕事や職場に対する価値観も違い過ぎる。
そのギャップを埋めるのが空白の世代だったはずなのだ。
あのバブルの後、ムリしてでも採っていたらと悔やんだところで後の祭りだ。
オレたちの世代は、遅かれ早かれ工場を去る。
それまでに伝えるべきことをすべて伝えなければいけない。
それができなければ、他社、とりわけ外国企業との技術的優位がなくなる。
同じ技術レベルで競争になれば、低コストの海外生産品には到底太刀打ちできない。
企業の存亡に関わる話なのだ。
技術がある会社は中小零細でも……いや、中小零細だからこそ雇用意欲は高いといえる。
この低コスト競争の中で生き残りたければ、他の追随を許さない技術市場に信頼される品質、ニッチを開拓する柔軟な発想といった条件が必要だ。
これらはマンパワーなくして支えることはできない。
うちの工場では、人を単なる頭数とは考えない。
人は貴重な経営資源だ。
利益を上げるためにリストラだの海外移転だの、あるいは雇い止めだのと、資源をむやみに削ることしか思いつかない企業が疲弊するのは当たり前。
そんなことばかり繰り返しているからいつまでも不景気なのだ。
日本の雇用の70%は中小企業が担っていると聞いた。
その通りだ。その70%のパワーこそがこの国の経済を立て直していくのだ。
オレたちもそう呼ばれたように、彼らはダイヤの原石だ。
大切に磨かなければ。
出典:『工場長左右田喜八のつぼやき』面白狩り(おもしろがり)