平準化|元トヨタマンの目
自動車の生産は、膨大な部品群の集積により成り立つ。
それはトヨタを中心とした生産ピラミッドを形成している。
例えばそれは、戦艦大和を旗艦とした連合艦隊が航行していくようなものだ。
この連合艦隊は1ヶ月単位でその方向や速度を変更する。やはり大き過ぎて小回りができないからだ。
もしも無理に小回りをすれば、多大な工数やトラブルが発生してしまう。
トヨタも1ヶ月間の生産をする直前に、何万、何十万というすべての部品の日当り必要数を「内示数」というかたちで算出する。
そしてその日当り必要数は1ヶ月間は変更しないようにしている。
ということは、オプションから何からすべての台数を、その時点で仮であったとしても決めなければならないということだ。
その数字を各工程が受けて、必要人員数を算出し、現在の在籍人員が多いならば、外へ応援に出し、少なければ逆に応援をもらう。
そしてその1ヶ月間の生産が開始される。要員の異動はその1ヶ月が終了するまではできないので、月の途中での大幅な増産はできない。
残業時間の増減でしか調整できない。
日本国内のお客様からのオーダーは生産日の3日前に固定されるだけなので、内示数よりオーバーは3%まで許容される。
そしてオーダー固定されると、またコンピューターが確定のかんばん枚数を算出し、内示かんばん枚数との差異が発生した場合は、それを知らせてくれる。
そうしたら工務はかんばん枚数の調整を行う。
これを毎日やるのだ。
かんばん体制を維持することはこのように膨大な工数がかかる。
その1ヶ月の生産が始まって、2週間たったところで種類の変更があった場合は、計画変更が行われる。
しかしこの場合も、全体量の増産はできない。種類の入り組みの変更だけだ。
それも部品メーカーが対応できないような大きな変更は許されない。
販売部門は、このような生産サイドの制約を受けながら、受注活動を行なう。
プリウスのような大幅な受注を受けた場合は、工場ができないものはできないので、オーダーをどんどん後ろへずらしていくしかない。
このような場合、一般の会社で工場の生産能力すらきちっと把握していないところの経営者が、工場へ過剰なハッパをかけるようになる。
これが労働強化をまねくのだ。
トヨタはさらに日当りの仕掛け順序もすべての種類がバラバラにラインを流れるようにする。
こうすることにより、すべての部品メーカーが定期便を設定した場合、すべての便に平均してかんばんが振出されることになる。
トヨタ自工とトヨタ自販が分離していた頃は、向う1ヶ月どころか、向う3ヶ月までの内示数を出していて、その変更は許されなかった。
向う3ヶ月までの変更が許されないということは、3ヶ月後の実態とは必ず乖離が発生するということだ。
その実態との乖離はトヨタ自販が完成車在庫として持っていた。
しかしそのようなことをしていると新古車などが発生してしまい販売戦略としては非常に不効率だ。
結局、そのようなムダも自工と自販が合併することによりなくなり、現在のようなお客様が決まったものしか作らない、という完璧なところまできた。
しかし製造サイドとしてみると、3ヶ月間内示数を固定してもらえると、資材発注計画、要員確保計画が非常に効率的にできたのだ。
やはり大野氏が確立したトヨタ生産方式は、生産サイドの効率を極端なまでに追求したものだった。
それは逆にいうと、販売サイドの不効率を生じさせていたのだ。
しかし当時の発想は、「販売サイドの不効率」よりも「生産サイドの効率」を追求した方が儲かったということだ。
しかし生産サイドのあくなき改善活動により、販売サイドが泣かされてきたことも樹徐々に改善されてきたのだ。
だが現在でも、販売サイドは1ヶ月の内示数は算出しなければならないし、その後大幅な受注が入っても翌月までは待たなければならない、という前提は絶対に覆すことはできない。
これはトヨタの生い立ちから、販売サイドも普通に受け入れて実践しているが、一般の会社はこんな生い立ちではない。
普通、販売サイドが必死に注文をとってきて、工場は、それをなるべく早く作ることのみが使命と思っている。
販売サイドが「主」で、生産サイドが「従」の関係がほとんどだ。
そのような会社では、工場の生産効率のためにオーダーを調整するなどという発想は微塵もない。
「生産制約」のために、販売が右往左往させられるなどということは考えられないのだ。
一般の会社で、工場側がトヨタ生産方式の改善を進めていくと、最終的に必ず、販売サイドの体制に問題がいくことになる。
販売サイドも含めてトヨタ生産方式が成立しているのに、そのことを世間はほとんど知らない。
トヨタOBもほとんど技術系出身者がトヨタ生産方式のコンサルタントをしているが、彼らはこの販売サイドにやってもらわなければならない「平準化仕掛け」についての実務知識がない場合が多い。
私は、幸いにも工場コントロール室の出身なので、その当りはプロである。
これからも、そのあたりの知識の普及に努力していきたい。