日本精機宝石工業はレコード針で付加価値を生む
商品・製品を完結して製造できる技術は、最終顧客がその価値を認めるとそれ自体から付加価値を生む可能性がある、という話です。
1.アナログレコードの需要が伸びている
アナログレコードの販売量がここ10年で飛躍的に増えています。
2006年に世界で3,400万ドルだった売り上げは13年には2億1,800万ドルまで急激に伸びています。
販売枚数でも米国では05年に100万枚だった売り上げが、13年には610万枚にまで増え、国内でも09年に10万2,000枚だった売り上げは13年には26万8,000枚と2倍以上に伸びました。
(ドイツの統計調査会社「Statista」、一般社団法人日本レコード協会)
東京・渋谷に中古レコードを主に扱う専門店がオープンするなどアナログレコードの良さが再評価されているのは間違いはないようです。
当然、全盛期とは比べるまでもないですが、需要が伸びつつあることに注目です。
今や音楽はデータをダウンロードして聞くようなデジタル配信が主流になりつつある時代において音楽需要全体に占める割合は微々たるものでしかないですが、そうした市場でもモノづくりの独自色を発揮しているメーカーがあります。
トレンドを追わなくても、また縮小しつつある既存市場であっても戦略次第で生き残り、さらに、その市場で存在感を発揮することができる事例です。
2.日本精機宝石工業株式会社
日本精機宝石工業株式会社は兵庫県にある資本金2,000万円、従業員60名規模のレコード針のメーカーです。
同社では様々なレコードプレーヤー向けに交換針を作っていて、直近では1年間に18万本程製造し、対象となるメーカーは国内外の役30社、種類は2,000種類を超えます。
縫い針のメーカーとして1873年に創業したというのですから創業から100年以上の実績を積み上げてきたモノづくりの老舗と言えます。
縫い針を製造する技術から1966年にレコード針の製造を手掛け始めています。
その後、レコード針の針先で培ったダイヤモンド加工の技術を応用することで、
- 微細な寸法を計測するための「コンタクトゲージ」
- 難加工材を研削する「ダイアモンドバー」
- 研削砥石を再生する「ドレッサー」
などの分野へ新規参入していますが、レコード針の事業は、結果として現在も継続しています。
縮小する市場であっても、その市場における競合先との戦い方、あるいは顧客との関係性構築次第で生き残れるということです。
仲川和志社長は次のように語っています。
……残存者利益をねらっていたわけでもない。
本当に、ひたすらつくり続けた結果として今があることだと思っている。
(出展:リアル開発会議2016年spuring/summer 日経BP)
つまり、生き残りのきっかけを掴められたのは、同社の事業形態が競合よりも優れていたからです。
そのことを、仲川社長の言葉は示唆しています。
CDの登場でアナログレコード市場の先行きが怪しくなってきた当時の事業の状態を仲川社長は次のように語っています。
CDの登場で風向きが一気に変わった。
レコードもプレーヤーも、そしてレコード針も需要が
減っていくのは明らかだった。
それでもレコード針の製造を続けたのは、
もちろん需要がある限り応えていきたいという気持ちもあったが、
それまでの投資も頭をよぎったし、
何よりも「つくれてしまう」ということが
大きかったのではないか。
レコード針はレコードと直接接触する針のほかに、
針を保持する「カレンチレバー」やクッションの役割を果たす「ダンパー」など、
たくさんの部品から成る。
日本精機宝石工業では、ほとんどの部品を自社で内製している。(中略)
ほとんどの部品を内製していることは競合他社にない特徴だと自負している。
(出展:リアル開発会議2016年spuring/summer 日経BP)
3点注目したいです。
- ダイヤモンド加工の技術が同社のコアを形成した。
- そのコア技術をレコード針という”完成品”で生かした。
- その”完成品”は自社技術で完結(内製部品)できた。
同社では、3つ目の要因が特に重要でした。
請負型の事業形態になるか、あるいは価格の主導権を握る主導的な事業形態になるかは、自社製品が顧客にとって欠かせないか、つまり代替えが無いかどうかにかかります。
つまり、部品供給が主体となっていることの多い中小ものづくり企業で、顧客に選ばれるための判断基準は2つ。
顧客にとって、
1)必要な部品を調達したい時、部品に必要な要素技術で欠かせない企業であるかどうか。
2)必要な部品を調達したい時、ワンストップで供給してくれる企業であるかどうか。
同社のダイヤモンド加工の技術は、その実績から推測して水準のかなり高いコア技術であると考えられますが、それ以上に同社の競争力を強力にしたのは2)項であったと考えられます。
高度なコア技術に加え、自社で完結する製品(部品)を手掛けていたこと自体が競争力強化に繋がった。
仲川社長は次のようにも語っています。
もし、部品を内製せずに外部から調達していたら、
今頃は2,000種類もの交換針を手掛けていなかっただろう。
なぜなら市場の縮小とともに部品を調達することが難しくなるからだ。
実際、競合他社を見ていると、部品調達ができなくなった故に
ラインアップから消えてしまったレコード針がある。
このように市場が縮小してもレコード針をつくり続けていたら、
自社製品から撤退したオーディオ機器メーカーの代わりに
日本精機宝石工業がつくっているときもあった。
(出展:リアル開発会議2016年spuring/summer 日経BP)
自社で製品(部品)を完結して製造できる技術を有すること自体が価値を生むことがあります。
完成品を製造できる企業が特定されると、当然に、そこへ顧客が集中します。
たとえ市場が縮小していたとしても、集中すれば、特定企業が事業展開するのに十分な規模になり得ます。
代替え生産も厭わず、地道に事業を継続したことで、同社でしか入手できないレコード針も出てきたわけで、製造先としての希少価値が生じています。
付加価値は、「完結した製造技術」から生み出されることもあると気づきます。
3.自社製品が最終顧客に対して持つ重要性
自社製品が最終顧客に対してどれほどの重要性を持っているかがカギです。
最終顧客へ向けた「商品」という形で市場に働きかけることができれば、戦術の選択肢が広がるのは事実であり、値付けの決定権は基本的に自社が有します。
その代わり、自社ブランドの育成や販路開拓など、モノづくり以外の取り組みの重要性が増します。
一方で、請負型では、原則、値付けの決定権はありません。
顧客にとって代替えの依頼先がある場合、意図に添わなければ依頼先を選び直せばイイだけ。
我々、中小モノづくり現場は、なるべくこうした状況を避けたいところです。
自社の独自性を発揮しようがない事業では、組織の成長に欠かせない動機づけを図る機会が少なく、現場リーダーもモチベーションを上げるための現場メンバーへの働きかけに苦労するはず。
ですから、モノづくりの事業形態では可能な限り、値付けの決定権を持つことが可能な状況を作りたい。
そのためには、市場に「直接」働きかけることのできる「商品」を目指しますが、そうでなくても、市場での存在感を強めることは可能であることを日本精機宝石工業の事例は示しています。
商品を構成する「部品」という「製品」であっても、
1)その部品に必要な要素技術で欠かせない企業であるかどうか。
2)ワンストップで供給してくれる企業であるかどうか。
で差別化が可能。
前者は固有技術そのものの水準の高さが勝負となり、自社で技術の研鑽に勤しみます。
一方で意外と後者の強みは認識されていない場合もあるかもしれません。
仲川社長のコメントにありましたが、あたりまえに「つくれてしまう」からです。
しかし、これは、そうでない競合との大きな差別化になっています。
また、こうしたあたりまえに「つくれてしまう」製造技術には、さらなる利点があります。
かって勤務していた自動車部品の製造工場も部品としての「完成品」を製造していました。
材料を調達し、溶解し、製品を成形、熱処理、切削加工、塗装、検査、梱包とフル装備でした。
2つの効果がありました。
- 部品としての完成品を扱うことで、常に全体最適のモノづくりを考える習慣がついた。
- 製品に求められる仕様に変更があっても、柔軟に対応できた。(材料、意匠性)
モノづくりで実績を上げ、ノウハウを積み上げるには適した環境でした。
日本精機宝石工業株式会社でも、レコード針というレコードプレーヤーの部品としての完成品を全て内製で製造できる技術で2つの効果があったと推測されます。
モノづくり力が強化されます。
自社製品が必ずしも最終顧客へ直接に働きかける「商品」でなくても構いません。
部品という「製品」であっても、さらに市場自体が縮小していても、十分に商売として成立する可能性がある事業も存在することを同社の事例は示しています。
部品のような「製品」でもその製品を完結して製造できる技術を有してさえいれば、最終顧客がそれ自体の価値を認めると、付加価値を生む可能性があります。
自社製品がどの程度の完成品であるのか、また、その製造技術を持っていることで、どの程度の重要性を持っているのか、自社製品の位置付けを把握します。
圧倒的な要素技術の強みでなくとも、意外なところにも強みがあることに気付いていただきたいです。
事業を強化する方向性が見えてきます。
まとめ。
商品・製品を完結して製造できる技術は、最終顧客がその価値を認めるとそれ自体から付加価値を生む可能性がある。
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