トヨタマンの風景|元トヨタマンの目
トヨタ生産方式における運搬の納入は多ければ多いほどよい。なぜならラインと同じ状況になっていくためだ。さらにラインとラインがドッキングすれば運搬は消滅する。
この考え方でトヨタは突き進んできた。
トヨタは外注メーカーに部品を造ってもらってそれを購入している。したがってトヨタと外注メーカーとの間には債権債務関係が発生する。
納入計画は納入便単位の数量まであらかじめ決めて提示してあるが、実行段階ではラインの稼働状況に応じて、3%を上限に常に変動してしまう。
そのため債権債務の把握方法としては、がんばんが現場から振り出されると、トヨタの部品受入れ場でそのかんばんを機械に通して債権票と債務票をアウトプットする。債務票はトヨタ電算部へ持ち込まれインプットされる。
債権票はメーカーの運転手がそのメーカーまで持ち帰って、メーカー電算部がインプットする。
そして毎月トヨタ電算部から1ヶ月分のトヨタ債務データのテープをメーカー電算部へ送る。
メーカー電算部で自らのトヨタ債権データとトヨタ債務データをドッキングさせ、その差異明細をアウトプットする。
なにせ、ただでさえせわしい運転手さんが運ぶのだから、途中で紛失してしまうこともある。
トヨタが債務の認識をしていて、メーカーが債権の認識をしていないものは特になにもしなくてもトヨタは代金を支払ってくれる。
しかし、トヨタが債務の認識をしていないもので、メーカーが債権の認識をしているものについては、メーカーがインプットした債権票のコピーをトヨタへ提出して、それをもとにトヨタに債務認識をしてもらわなければならない。
メーカーの担当者は倉庫にストックしてある膨大な債権票の山から当該物件の現物を探し出してコピーを取らなければならない。トヨタにしても全メーカーの差異明細とコピーを受け取り、事務処理をしなかればならない。
私はトヨタ経理部でこの事務処理を行なったが、年2回の期末決算には債権債務の額を1円まで確定しなければならず本当に大変だった。
この事務処理で苦しめられた時には「何がトヨタ生産方式だ。経理のここにこんな大変なヒズミが出ているではないか」と当時専務だった大野耐一氏を恨んだものだった。
あるクライアントの常務さんと話をしていると、彼は昔トヨタ系の部品メーカーにいて、この「債権票探し」をやっていたという。本当に大変だったそうだ。
しかしこの殺人的な業務が、田原工場のM氏の改善である時期から消滅してしまった。全てデータのやりとりだけで、現物のやりとりをしなくてよくしてしまったのだ。
当然、創意工夫の表彰を受けたと思うが、その効果の見積りはトヨタ内部の消滅工数だけだったのではないだろうか。
部品メーカーでの消滅工数までも入れたら大変な効果となり、それこそ車1台、いや家1棟ぐらい賞品でもらってもいいくらいだ。
トヨタはトヨタ生産方式の理想に向かっては、誰が何と言おうが、どんなに工数がかかろうがやらねばならないことはやらせる。
しかし、現状の品質は維持しつつ、今それにかかっている工数は常に低減するように従業員に求める。
この姿勢により、何十年もかかったが、私に恨まれもした債権債務処理工数が消滅したのだ。この素晴らしい改善が「電子かんばん化」への道を開いたともいえる。
いやもう1つ「電子かんばん化」への道を開いた改善に「インフレかんばん自動はね出し」の改善がある。
これは本社工場のM氏(田原工場のM氏とは別人)が開発した。
かんばんそれぞれに付与されている連番を記憶させて、不必要に回転しているかんばんを排除しようというものだ(処理実務だけ私が担当した)。
「この私に言わせればノーベル賞に匹敵する改善」を行なったお二人とも学歴は高校卒の事務員だ。
トヨタでは大卒事務員は比較的頻繁に部署変更があるが、高卒事務員は1つ部署に極めて長くいる傾向がある。
このお二人もまさにそうだ。このようなベテランにより電子かんばん化が実現した。本当に人間の能力は学歴などでは推し量れない。