トヨタの人間に対する思想|元トヨタマンの目
トヨタはすべての作業について標準化して標準作業票として現場へ掲示する。
その標準作業票は、いろいろな人に見てもらって指摘をしてもらい、さらに良いものに改良されていく。
トヨタの現場はこのような思想のため、誰が入ってくるか分からないということが前提になっている(鋳物の注湯エリアなど特に危険なところは関係者以外立入り禁止だが)。
すなわち、「第三者が現場に入ってきても、その第三者の安全も確保せよ」ということで、安全対策が打たれている。
たとえば、機械加工現場などはおびただしい機械群の間を製品が1つずつコンベアを流れていくが、その中を第三者が一人で歩いたとしても危険な箇所はすべて人を光電管が感知してコンベアなどが止まるようになっている。
私も最初にその機械群の中に入ったときは、本当に怖かったが、そこの安全対策を身をもって体験した後は、何の不安もなく歩くことができた。
第三者の安全まで考えているのだから、作業する当事者の安全についてはもう完璧であるとまで言えるのではないか。
トヨタは「人間とは必ずミスを犯すものである。ポカを起こすものである」という前提・思想のもとに、すべての安全対策・品質管理対策が考えられている。
ラインは基本的に1個流しなのでそれぞれの工程で、加工や作業が行なわれた都度、1つずつチェックが自動的にできるように工程に種々の工夫が加えられている。
やはり人間の注意力に多く責任を持たせたとしても、何万という部品のすべての品質を確保することは不可能という考え方に立脚しているわけだ。
したがって作業者にしてみても、「一生懸命注意して作業はするが、もしもミスを犯してしまっても、後工程のどこかで必ず発見される」という安心がある。
しかし、もし自分のミスが後工程で発見されたとすると、すぐに放送で呼び出しがあるので後工程へ急行する。そうするとそのミスの手直しを命じられる。その際、後工程の人間は絶対に手伝わない。
これは別に見せしめやイジメでこうしているのではない。ミス発生させた本人にどうして発生させてしまったかをしっかり認識させ、二度と発生させないように、再発防止策をきちっと考えさせるためにこうしているのだ。
もしも親切心で後工程が手直しをしてしまったとしたら、ミスを発生させた前工程の人がそのミスをきっちり反省するチャンスを奪うことになり、また同じミスを犯してしまうだろう。
トヨタは安全や品質維持に関してはここまで人間の特性を考えて施策を行なっている。
このようなトヨタの視点から、重大な死亡事故を発生させた電鉄会社を見ると暗澹とした気持ちになってしまう。
ポカを起こした人間をさらに追い詰めるような日勤教育というものをしていたという。もし私なら悲鳴をあげて逃げ出すであろう。
やはりそこまで人間の注意力に頼るのは難しいのではないだろうか。
ある意味、人間の注意力を設備投資などのお金で買えるのなら、そちらの方が会社にとっても、運転士にとってもハッピーなのではないだろうか。
トヨタもその電鉄会社も同じように人間という最も大切なものを乗せるウツワを造ったり、ウツワを運行させたりしているわけで、安全に対する思想・人間に対する思想は究極的には合致しないといけないと思う。