工場見える化:運転資金について考える

工場見える化:運転資金について考える

棚卸資産の見える化で、現場のやる気を引き出していますか?

 

月末に現場で棚卸はやっているけど、その集計で手一杯だなぁ。

決算上、必要なので集計はしてるけど、工場運営で活用はしていない……。

棚卸資産の数値を、どう生かせば現場のやる気を引き出せるのだろう?

 

戦略的な工場運営では、まず、「仕掛品」に着目します。

1.運転資金を構成する主な5項目

工場見える化で、運転資金を取り上げます。

下図は、生産活動をお金の流れで表現しています。

左端の「資金」が「売上高」で回収されます。

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ピンク色で示した5項目が、運転資金を構成する主なモノ。

 

1)原材料などを購入した際の仕入債務
2)材料購入後に消費するまで保管している材料在庫
3)工程間に滞留している仕掛在庫
4)完成された製品が出荷されるまで待っている製品在庫
5)販売後の売掛金や手形となる売上債権

 

お金がモノに姿を変えて、工場内や取引先で滞留していることを示しています。

戦略的な工場経営では、生産活動を素材の高付加価値化という変換機能のみに絞らず、現金を獲得するまでの過程を意識します。

2.運転資金を「小さく」「速く」廻す生産体制を目指す

「損益計算書上の利益と手元のお金の状況は一致していない」。

これは、経営者の方が、最も気にしていることです。

 

資金繰り表で手元の現金を管理している経営者も多いでしょう。

例えば、手元の現金が少ない状況で、資金が必要になった場合、借入金で乗り切ることになります。すると、支払利息という余分な費用が発生する。

なるべくなら、こうした事態は避けたいと当然、考えます。

 

だから、投入資金を現金という形で早期に回収したくなります。

5項目のうちで、仕入債務は別ですが、材料在庫、仕掛在庫、製品在庫、そして売上債権の4項目は、その額が増えれば増えるほど、工場全体でのお金の流れが滞ります。

 

その結果、現場のカイゼン活動を通じて生産リードタイムを短縮しても、工場全体としてはお金の流れ改善の効果は、今一つです。

したがって、資金を工場内へ投入してから、現金の形で手元に戻ってくるまでの期間を短くする努力は、継続的にやらねばなりません。

また、不確実性が高まっている外部環境の下では、より小さな運転資金による工場経営を目指すことが必要になります。

 

戦略的な工場運営では、運転資金を「小さく」「速く」廻す生産体制を目指します。そのために、運転資金の見える化を実践したいのです。

仕入債務と売上債権は、経営者が直接コントロールする項目です。

ですから、工場の現場では、材料在庫、仕掛在庫、製品在庫の3つを管理し、見える化します。

3.運転資金スリム化で、「仕掛品」に着目する2つの理由

特に仕掛在庫の管理は、現場力を強化するには欠かせない項目です。

工程間の仕掛品を極限まで少なくすることに挑戦すべきです。

理由は2つあります。

 

一つは、生産管理における管理目線がステップアップするからです。

生産管理=納期管理に留まっている工場は多いと思います。

ここに仕掛品を管理項目に加えることで、

 

  • ボトルネック工程の把握とその解消
  • 各工程の生産性とリードタイムの把握

 

これらを管理する意識が芽生えます。

というか、これらの観点がないと、そもそも仕掛品を管理できません。

 

その結果、生産管理業務の質が向上します。

このためには、まず現場の現状を整理しなければなりません。

生産管理担当者にとって、新たな一歩となります。

 

しかしながら、意外と、それほど労力をかけずに現状が把握できることも多いです。

なぜなら、「現場の作業者は知っている」からです。

これまで、管理者がこうした生産性の数値を、全体最適のために使っていなかった、ただ、それだけのこと。

 

取り組み始めれば、現場の協力を得て、意外とスンナリ整理できるものです。

万が一、現場作業者が把握していなくても、目的を持って現場と一緒に分析を進めれば、各工程の生産性等の実績はすぐに揃います。

このように、仕掛品を管理しようとすれば、指標をもとに判断する生産管理体制が自ずと構築されていきます。

 

もう一つは、現場のやる気を引き出すことができるからです。

現場が自工程での工夫や次工程との連携等を通じて工程間の仕掛品を減らしたとします。

モノが減るわけで、目に見えて効果を実感できます。

 

加えて、現場では最も得難い“スペース”を確保することもできます。

さらに、明確なお金の流れ改善で、明らかな金額効果も得られます。

そして、経営者から労をねぎらう言葉があれば……。

 

工場内の物流は、カイゼン項目として優先的に上げる価値があります。成果の波及効果が大きいからです。

モノづくり工場で重視しなければならないのは“流れ”です。

いかに投入された経営資源がとどまることなくゴールへ向かうか。

 

モノづくりの現場ですから、当然お金ばかりではなく、モノの流れも意識することが欠かせません。

4.それでも運転資金を「小さく」「速く」廻す生産体制を目指す

一般的に言われる「勘定あって銭足らず」という状況は避けなければいけません。

 

黒字倒産というアレです。

これを避けるために運転資金、資金繰りの管理を行うわけです。

 

一方で、手元資金が潤沢にあるお陰で、現時点では少々無理しても、資金がショートすることはないと言い切る経営者もいると思います。

会社を経営していて、最後に頼りになるのは「現金」。

経営の安全性を高めるため、内部留保を厚く確保している経営者は多数います。これは、将来のリスクに対する最善の対応です。

 

ですから、金回りに対する管理が少々どんぶり勘定になっても、“今”の経営基盤は揺るがない。

ただ、それでもなお運転資金をさらに「小さく」、さらに「速く」廻す生産体制を目指します。

先に言及しましたが、とにかく外部環境の不確実性が高まっているからです。

 

モノづくり工場を取り巻く経済や市場の構造があまりに複雑になっています。

昨今のエコノミストの経済予測がほとんど当たらないのがその証左です。

5.リーマンショックを思い出す

下記のグラフは企業倒産件数の推移です。

製造業と業種全体での推移です。 
(東京商工リサーチ「全国企業別白書」中小企業白書2015年版)

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企業の倒産件数は現在、幸いにも減少傾向にあるようです。

 

ここ10年間でのピークは08年、09年になっています。

業種全体では08年に15,646件。

製造業では09年に2,619件。

 

このピークの頃に何があったでしょうか?

 

08年の9月にリーマンショックが起こりました。

08年度の企業倒産件数には、上場企業の倒産45件が含まれています。

これは戦後最悪の結果だそうです。

 

さらに、その45件のうち、いわゆる「黒字倒産」が21件だったそうです。

信用力、ブランド力に勝る上場企業の倒産件数の内の約半分が、利益は出たものの資金繰りが苦しくなって退場! となった。

いわんや、その時の、地域の中小企業モノづくり工場において……。

 

当時、私が勤務していた工場も、リーマンショックの影響をもろに受けました。

非常事態に、さらに火が付いたくらいの危機感を感じたことを思い出します。

08年度の4月~9月の上半期から10月~3月の下半期へ推移するときの生産量の激減ぶりは、それまでの経験にないほど大きなものでした。

 

多くの工場でも同じような事態に直面したはずです。

上半期で順調に収益を確保していた状況から、急転直下、赤字へ。受注量が計画の3分の1まで落ち込む月もありました。

派遣社員数や工場稼働日を調整しながら、乗り切ろうと日々……。

 

工場長より、現場で、従業員全員への状況説明がありました。

それまで経験したことのない受注量の減り方を耳にして呆然としたことを思い出します。

生産活動を止められたモノづくり現場ほど悲しいモノはありません。稼働してナンボノ現場ですから。

 

当時、どれだけ多くの工場経営者が資金繰りで苦労したことでしょう。

6.運転資金スリム化でリスク管理と現場の動機付けを図る

今後も、どのような外乱が起こり得るかわかりません。

予想もできない経済的なショックであったり、天災であったり……。

どんなに自社工場が頑張っていても避けようがない事態が起こり得ます。

 

ですから、リスク管理のためにも、

今まで以上に運転資金を「小さく」「速く」廻す生産体制を目指したいです。

スリムな工場経営を実現することで、確実に効率よくお金が廻ります。

 

さらに、工程間の仕掛品に注目した管理活動は、目に見える実績によって、現場のモチベーションを向上させることが期待できます。

その結果、想定外の外部環境変化に対する耐久性も向上する。

リスク管理の強化にもなります。

 

また、圧縮できた運転資金分のお金を、人材開発、製品開発、モチベーション向上など、未来投資へ廻すこともできます。

特に人財開発への適切な投資は、将来、その何倍もの成果をもたらす楽しみがあります。

運転資金スリム化の取り組みは、リスク管理もさることながら、現場の、特に若い人財への動機づけにもつながります。

まとめ

棚卸資産の数値を、どう生かせば現場のやる気を引き出せるのだろう?

戦略的な工場運営では、まず、「仕掛品」に着目する。

運転資金をスリム化する取り組みで、リスク管理と現場の動機づけを図る。

出典:株式会社 工場経営研究所 伊藤哉技術士事務所


製造業専門の工場経営コンサルタント。金属工学の専門家で製造/生産技術、生産管理、IEにも詳しい。エンジニアの視点で課題を設定して結果を出し、工場で儲ける仕組みを定着させることを得意とする。コア技術の見極めに重点を置いている。 大手特殊鋼メーカーで20年近く、一貫して工場勤務。その間、エンジニア、管理者としての腕を磨く。売上高数十億円規模の新規事業の柱となる新技術、新製品開発を主導し成功させる。技術開発の集大成として多数の特許を取得した。 その後、家族の事情で転職し、6年間にわたり複数の中小ものづくり現場の管理者を実地で経験した。 大手企業と中小現場の違いを肌で理解しているのが強み、人財育成の重要性も強調する技術系コンサルタントである。 技術立国日本と地域のために、前向きで活力ある中小製造企業を増やしたいとの一念で、中小製造業専門の指導機関・株式会社工場経営研究所を設立。現在、同社代表取締役社長。1964年生まれ、名古屋大学大学院工学研究科前期課程修了。技術士(金属部門)