1991年 いすゞが開発した幻のF1エンジン「ISUZU P799WE...

1991年 いすゞが開発した幻のF1エンジン「ISUZU P799WE」動画

いすゞ自動車と言えば、トラックなど商用車のトップメーカーだが、1991年にはF1のエンジンを開発し、関係者から高評価を得ていたことは意外と知られていない。今回、そんな幻と言われていたいすゞのF1エンジンのテストドライブの動画を紹介する。

【1991年当時のF1界】
音速の貴公子と言われたアイルトン・セナがマクラーレン・ホンダを駆り、ウィリアムズ・ルノーにナイジェル・マンセル、フェラーリにアラン・プロストが君臨していた。後にチャンピオンになるミハエル・シューマッハーやミカ・ハッキネンがデビューし、中嶋悟、ネルソン・ピケが引退した年でもある。また、ホンダがマクラーレンとティレルに、ヤマハがブラバムにエンジンを供給し、まさに日本におけるF1人気の絶頂期だった。

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【なぜいすゞがF1に?】
当時、日本はバブル真っ只中で、エンジンサプライヤーのホンダやヤマハ以外にも、スポンサーとして多くの日本企業が参画していた。いすゞも本格的にF1参戦か?と言われたようだが、当時のいすゞの経営陣は、F1参戦には莫大な金がかかり、会社が潰れることは認識しており、このエンジン開発はあくまで同社のガソリンエンジン開発技術を試すためのデモンストレーションだったようだ。

 1991年(平成3年) 当時、乗用車の特殊仕様車などで協力関係にあったイギリスのロータス・カーズ関連会社であるF1参戦チームチーム・ロータスと共同で、V12エンジンのテストをロータス 102Cに搭載してシルバーストンで行い、高い評価を得た。この計画は、あくまでいすゞ自身のガソリンエンジン開発技術がどこまで通用するかということを示すために行われたデモンストレーションであり、レースに出場することは考えられていなかった。

 当初はベンチテストで終了する予定だったが、ロータスカーズの協力を得て(この時期、ロータスカーズはいすゞと同じくGM傘下であり、自社のFFエラン (2代目)用として、いすゞからパワートレイン(エンジン+トランスミッション)の供給を受ける契約を行っている)テスト走行までこぎつけた。
出典:Wikipedia いすゞ自動車より

【エンジンのスペック】
エンジンは当時流行していたV型12気筒。排気量は3493CCで、最大馬力は646PS(後期は765PS)だった。

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【マクラーレン・ホンダと肩を並べるスピードを記録】
当時のロータスF1チームの監督だったピーター・コリンズは「レーシングエンジン(いすゞ)を1発で始動できたのは初めてだ」と賞賛。さらにテスト走行では、当時最強だったマクラーレン・ホンダとも最高速ではひけをとらなかった。(写真はマクラーレン・ホンダと、いすゞエンジンを積んだロータス)
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もしいすゞがF1に参戦していたらどんな成績を残せただろうか?
決して簡単な戦いではないが、想像は広がるばかりだ。

出典:幻のF1エンジンISUZU P799WE[AUTOSPORTweb]


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