高く買ってくれる顧客に売り技術開発サイクルを回す

高く買ってくれる顧客に売り技術開発サイクルを回す

自動車業界における欧州のような高級品市場がある一定規模存在するトコロに高く買ってもらいコア技術開発のサイクルを回し続ける、という話です。

1. 車体の軽量化がますます求められる自動車業界

自動車業界ではますます厳しくなる環境規制へ対応するために軽量化の技術が欠かせません。

特に欧州での二酸化炭素排出量規制は2015年時点の130g/kmから2020年ごろには95g/km、2030年には60g/kmになると見込まれています。

2015年から2030年で70g/km程度の改善が求められます。

 

これを車体の軽量化だけで改善しようとすれば350kg軽くする必要があるといわれています。

(出典:『日経ものづくり』2015年11月号)

 

車の重量が1〜2tであることを考えれば、これはかなりスゴイ数字です。

当然、エンジンの燃焼効率アップや電動化による改善が見込まれるにしても、車体の大幅な軽量化は必要です。

軽量化技術が自動車の価値を高める技術になります。

 

環境にやさしい商品をアピールする時にこうした軽量化技術を「あえて」全面に出して販売するケースがしばしば見られます。

購入者は「難しい技術的なコトはわからないけど、なんかスゴイ商品だ」と妙に納得します。

自分の乗る車にはこれまでとはちがう技術が導入されていて燃費や二酸化炭素排出が優れているのだ、という感覚は購入者へかなりプラス作用します。「環境」がキーワードになりやすい自動車という商品の特性です。

 

したがって軽量化技術は一般消費者向けへのアピールポイントにもなっています。

自動車部品を製造する工場で勤務していた頃、アルミニウム合金製の部品を開発する機会が何度かありました。

従来まで鋼であったのをアルミへ置き換えることで強度や剛性を維持しながら軽量化を図るケースへ対応しました。

 

こうした部品が採用されるとその車種のパンフレットに紹介されることがたびたびあります。

従来鋼だったのをアルミに置き換えて軽量化という事例となり、消費者へも理解されやすい類の話です。

2. 自動車のアルミ化は欧州メーカーが進んでいる

自動車の軽量化はアルミニウム合金の使用率で表現されることがあります。

2014年7月にモデルチェンジした独ダイムラー社のメルセデス・ベンツCクラスではボディーのアルミニウム合金使用率を50%までに高め、モデルチェンジ前よりも70kgも軽量化しています。

大人一人分の軽量化であり、かなりインパクトがあります。

 

アルミニウム合金を使う上で必ず課題となるのは鋼部品と接合する、異種材料接合技術です。

このモデルチェンジの最大のアピールポイントは特殊な「くぎ」でアルミニウム合金と鋼を接合する異種材料接合技術「ImpActT」でした。

これによってアルミニウム合金使用率を拡大できました。

 

さらに、このCクラスでは3種類の接合技術を導入しています。

1)かしめるクリンチング

2)リベット

3)ねじ

4)くぎ(今回、新たに導入された「ImpActT」のこと)

 

つまり、このCクラスでは4種類の接合技術を使い分け、アルミニウム合金使用率の拡大を図りました。

独ダイムラー社に限らず欧州のメーカーでは軽量化のためのアルミニウム合金使用に積極的です。

ポルシェでもアルミニウム合金の使用による軽量化の話題をモデルチェンジのたびに耳にします。

 

これに比べて国内メーカーではアルミニウム合金の使用が欧州ほどには進んでいないように見えます。

その理由は「自動車生産ラインの刷新方法に違い」があると神戸製鋼所の槙井浩一氏は説明しています。

 

「欧州メーカーはフルモデルチェンジの際に、生産ラインをゼロからつく直すためそのタイミングで新技術を取り入れやすい。

対照的に国内メーカーは、鋼板のスポット溶接を前提とした生産ラインを長く使い、モデルチェンジ後も維持する。

既存の生産ラインに適合しにくい技術は、すぐには取り入れることが難しい。

 

神戸製鋼所がCクラスについて、アルミニウム合金と鋼の接合技術を調査したところ、リベット、ねじ、くぎなどの機械的な方法を4種類使い分けていた。

このことは、設備面で『ロボットハンドが4種類以上になることを意味する』(槙井氏)。

その分コストが上昇するが、欧州では超高級車に関する一定規模の市場が存在するため、それで実用化することによって製品価格に転嫁可能という」

(出典:『日経ものづくり』2015年11月号)

 

超高級車に関する一定規模の市場がある欧州には自動車の文化が存在し、生活の一部としてそれが定着している。

F1をはじめとしたモータースポーツが盛んなのも欧州です。

日本での盛り上がりはイマイチです(F1のブームは過去にありましたが)。

 

つまり欧州には自動車それ自体に価値を見出す人たちが大勢いるということ。

そうした顧客のお陰で、欧州メーカーは革新的な技術をドンドン市場に問うことができます。

こうした話を聞くと日本はかなわないなぁとならざるを得ません。

 

トヨタをはじめ、ホンダ、日産、マツダ、富士重……、世界で高い技術を誇るメーカーが国内にたくさんあります。

しかし、高い技術を有する国にその製品の文化があるのかというとそれは別。

国内では、高級車のニーズは限られており大衆向け商品に基づき原価を考えねばならない事情がある。

 

したがって、どうしても原価の制約があって新技術も導入しにくい。

自動車業界に関わっていた立場として、国内メーカーのアルミニウム合金使用率が高まらないのはなぜかと気になっていたので、これで腑に落ちました。

3. つまり高く買ってくれるところへ売ればイイ

モノづくりの事業で存続し成長するには付加価値を高め続けねばなりません。

お客様に届ける付加価値を高めるために新たな技術を開発する。

付加価値分を価格に上乗せして、開発費を回収し、次回の技術開発に回す。こうした技術開発のサイクル構築が欠かせません。

 

この仕組みを成立させるには付加価値を認めてくれて、それを欲する顧客の存在が必要です。

ただし、少子化、人口減少化、成熟化の外部環境変化が起きつつある国内では、既存の市場のみで付加価値を拡大させることは難しい。

そこで、新たな市場や新たな顧客を創出することが求められます。

 

ここで立ち止まって、考えてみると、その前にグローバルに市場を眺めれば、(自動車分野に限ると)高級品に価値を見出し付加価値を認めてくれる顧客が比較的多い欧州という市場や、アフリカのように未開拓の市場にも気づきます。

新市場の創出というやっかなことを考える前に、高く買ってくれるところを探します。

モノづくりでは技術開発、特にコア技術の深耕は欠かせません。キモです。

 

技術開発を抜きにしてモノづくり工場の存続はありません。

ですからお客様に届ける価値を高めるコア技術の開発はエンドレスです。

そのために自社が考えている価値を認めてくれるお客様を探します。シーズ志向で開発した商品を売り込む場合はこのパターン。

 

買ってくれるお客様がいるからこそ、開発費を回収して次回の技術開発が可能となる。

グローバルにみれば、必要として、価値を認めて、高く買ってくれるトコロもあります。

そうしたところをターゲットにすればイイ。

 

市場をグローバルにとらえて、「小さな世界企業」を目指している中小製造企業もあり、すでに頑張っています。

限定されたエリアでの価格競争とは無縁です。

イイお客様と出会い、技術や製品を極めます。

まとめ

自動車業界における欧州のような高級品市場がある一定規模存在するトコロに高く買ってもらいコア技術開発のサイクルを回し続ける。

出典:株式会社 工場経営研究所 伊藤哉技術士事務所


製造業専門の工場経営コンサルタント。金属工学の専門家で製造/生産技術、生産管理、IEにも詳しい。エンジニアの視点で課題を設定して結果を出し、工場で儲ける仕組みを定着させることを得意とする。コア技術の見極めに重点を置いている。 大手特殊鋼メーカーで20年近く、一貫して工場勤務。その間、エンジニア、管理者としての腕を磨く。売上高数十億円規模の新規事業の柱となる新技術、新製品開発を主導し成功させる。技術開発の集大成として多数の特許を取得した。 その後、家族の事情で転職し、6年間にわたり複数の中小ものづくり現場の管理者を実地で経験した。 大手企業と中小現場の違いを肌で理解しているのが強み、人財育成の重要性も強調する技術系コンサルタントである。 技術立国日本と地域のために、前向きで活力ある中小製造企業を増やしたいとの一念で、中小製造業専門の指導機関・株式会社工場経営研究所を設立。現在、同社代表取締役社長。1964年生まれ、名古屋大学大学院工学研究科前期課程修了。技術士(金属部門)