武州工業の1個流し生産は全体最適を学ぶのに適する
生産ラインの全てを任せることで全体最適の視点を育成できるが、そうした人財育成を後押しする環境づくりも欠かせない、という話です。
1.武州工業の1個流し生産
武州工業株式会社は東京都青梅市にある資本金4,000万円、従業員160名、平均年齢33歳(若い!)のパイプ曲げ加工、板金加工メーカーです。創業は1952年です。
武州工業は同社独自の生産方式である「1個流し生産」を通じて人財育成を進めています。
「1個流し生産」はマスカスタマイゼーションに対応するための生産方式のひとつです。多様なニーズへ対応しやすくするための生産ラインです。
トヨタ自動車 高岡工場でロット生産から混流1個流し生産へ生産ラインを進化させた事例があります。
しかし、武州工業での「1個流し」は少々、意味合いが異なります。
1人の技術者が材料調達から、加工、品質管理、出荷管理まで全ての工程を担当するだけでなく、生産設備の開発、レイアウトや治工具の工夫まで全てを担う武藤工業独自の生産体制です。加工手順に応じて、円状に設備を配置します。
一見するとセル生産方式のようですが、現場担当者自身の業務は加工・組立作業だけではありません。
それ以外の業務にも深く関わっています。単一工程のみではなく、生産ラインの入り口から出口までの一気通貫で生産工程を考えねばなりません。
後工程へ配慮を欠いた設備構成にすると、結局、それが全て自分に返ってきます。
製品を効率よく完成させるには製品をどのような向きに搬送するとか、どのようなプロセスが適切で、設備をどう配置するべきか。
さらに治工具の使いやすさ、設備の保守点検のしやすさまで現場業務全てを考えます。自然と全体最適化の発想が身につきます。
ここで注目すべきは1個流し生産で使用する設備は自家製であることです。こうした設備は「ミニ設備」と呼ばれ、製品の生産に必要な機能・性能に絞って設計・開発しています。
こうした設計・開発は現場のことを理解していないと不可能です。
最適な「ミニ設備」を設計・開発するには、どのような材料をどのようなプロセスで加工するのか、具体的にどのような工程になるのか等、現場の事情を完全に理解していることが必要です。
「ミニ設備」の設計・開発を通じて、技術者は設備の構造や機能、要素技術についての知識やノウハウを学び、習得できます。
さらに自ら設計・開発した「ミニ設備」を自らレイアウトし、そこで作業をするわけです。
より使いやすく、より生産性を良くするためのアイデアや効果的な保守点検の知恵も生まれます。極めて実践的で効果的なOJTです。
2.生産性が高い武州工業の1個流し生産
一般的にセル生産方式で必要とされるのは多能工です。
ライン生産による少品種多量生産では生産ラインは基本的に一方向の連続ラインであり、作業者はラインに沿って並ぶ。
作業者は目の前を次々と通過するワークに手を加えます。
単一の作業に特化するので習熟度は上がりやすいメリットはあります。
製品仕様が数種類で段取りが少ない大量生産では効率が上がります。
しかし、嗜好の多様化への対応は難しい。段取りが増えます。
そこで、セル生産方式が注目されます。
家電や情報通信機器で取り入れられ多くのメーカーで成果をあげています。このセル生産方式は作業者一人の守備範囲が広い。
場合によっては、製品をゼロから組立てて完成品まで仕上げます。その製品に関わる多くのことを知らねばなりません
多能工化への指導、教育が不可欠です。
武藤工業の場合は、そこからさらに一歩も二歩も踏み込んでいます。
現場作業者が技術屋に匹敵する知識と経験を積んでいるというか、あるいは、技術屋が現場作業者の業務をこなす知恵とノウハウを身につけるというか……。
一般的に現場とスタッフ、作業者と技術者という役割分担があります。武藤工業ではこの区別がイイ意味であいまい。
技術も分かるが、現場も分かる、バランスのイイ人財が多数育っています。これは同社の人財での強みです。
ただし、このやり方を展開するにあたっては絶対に必要なことがあります。とにかく風通しが良い社内風土であること、失敗を許容する仕組みもあること。
1人の技術者に任せられるのは「全て」です。必要なことを習得するのに先輩、同輩からの支援が欠かせません。
ひとつの要素技術に絞って腕を磨けば済む話ではないからです。ですから、互いが持っている知識やノウハウの共有が促されます。
同社のコア技術に厚みがでます。その結果、会社全体のポテンシャルが上がります。
1個流し生産は、OJTの場ですが、当然、生産現場、そのものでもあります。こうしてでき上がる生産ラインの成熟度は高いことが十分に予想されます。
例えば、必要な機能にのみ絞った「ミニ設備」の費用は市販品よりも安価です。同社代表取締役である林英夫氏は次のように語っています。
「市販では4,800万円もする設備でも、自社開発することで1,200万円まで下げることができた。」
(出典:『日経ものづくり』2016年4月号)
ほとんど1/4です。
それに加えて、現場で作業する技術者が自ら設計・開発して、改善を入れている生産設備(生産ライン)です。
カユイところに手が届かぬはずがありません。生産性もかなり高いことが予想されます。
同社のHPでは下記のように効果を説明しています。
「技術者本人に自律性と責任感を持たせることで、不良、納期遅延等のミスがなくなり、この体制をさらに効率化、工夫することでコスト削減、リードタイムの短縮化を図っています」
その結果、国内生産にもかかわらず海外メーカーよりも安い製品価格を実現しています。
在庫を最小限に抑えられることに加えて、工程内での検査を徹底することで製品の品質を安定させているからです。
(出典:『日経ものづくり』2016年4月号)
3.会社の本気度合いが伝わる中期計画
武州工業では人財が全体最適化を自然と考えるようになります。
ただし人財育成の姿勢が首尾一貫していないと絶対にこうはなりません。
若手人財が幅広い知識を習得し、失敗を乗り越えてますます頑張ろうとする姿勢を後押しする環境が必要です。
人財育成は時間がかかります。
時間がかかる人財育成で成果を上げるためには、会社の意思や意図を含む想いが浸透していなければなりません。
会社の想いを理解しているからこそ、人財は前向きに取り組み、そして意欲(やる気)を持つからです。
その観点で同社のHPを見ると「なるほど」と納得することが説明されています。
それは同社の「中期計画(アタックV活動)」です。
中小製造業で中期計画を掲げて事業を展開している企業はどれだけあるでしょう。目の前のことで手一杯という企業が多い中でも、未来を明確に描いているのは素晴らしいです。
見通しは現場を勇気づけます、元気にします。
さらに、特筆すべきは現在と直近のテーマを掲載していることです。
同社の中期計画1985年から開始しています。それから5年毎にテーマを定めています。2015年時点で、6テーマ目ということです。
そして、HPでは現在のテーマに加え前期、前々期のテーマも紹介しています。
同社の中期計画に掛ける想いが伝わってきます。風通しが良い社内風土が醸成され、失敗を許容する仕組みもでき上がります。
継続性のある本気の取り組みであることが伝わってきます。つまり、同社の現場にも同じように伝わっているということです。
現場の人財が本気を出して学ぼうという気持ちになります。
まとめ。
生産ラインの全てを任せることで全体最適の視点を育成できるが、そうした人財育成を後押しする環境づくりも欠かせない。