欧州に目を向けている大田区の小さな世界企業の事例

欧州に目を向けている大田区の小さな世界企業の事例

独自の技術や製品を持ち、付加価値を認めてくれるお客様と出会うために技術開発と営業力の両輪を回す、という話です。

1. 大田区にある日進工業株式会社

欧州には自動車の高級品市場が一定規模あります。

欧州の自動車メーカーは高級車向け市場へ新技術をドンドン投入しています。

付加価値を認めてくれる顧客が存在し開発費用を回収できるからです。

 

身近な顧客の要望に耳を傾けるのを基本としながら、自社が提供できる付加価値を高く評価してくれる新規顧客との出会いも求める。

イイお客様は技術開発のサイクルを回してくれます。

 

日進工業株式会社は東京都大田区に本社を置く資本金1000万円、従業員22名のプラスチック射出成形メーカーです。

小規模ながら欧州に拠点を設けて海外へと販路を広げる戦略を立てています。

(出典:『日経ものづくり』2016年3月号)

 

同社の製品の80%は自動車向けのドア関連部品です。

ドアインサイドハンドルを含むレバー類です。

国内の自動車メーカー、トラックメーカーに採用されています。

 

ただし、このような国内自動車メーカー向けの移動者部品は全て従来の成形技術で造ったもので、目新しい技術は特にありません。

従来技術のみで自動車部品を供給し続ける事業形態はかなり辛いです。

価格競争に陥るのが目に見えているからです。

 

ところが、この日進工業には他社にない差別化技術として、塗料を利用せずに金属調の光沢を放つ「塗装レスメタリック着色樹脂成形」技術があります。

2. 付加価値を認めてくれるお客様に売る

塗装レスで金属調の樹脂部品を開発することになったきかっけは、2008年秋のリーマンショックです。

売上が75%も減少し倒産の危機に直面しながらも、同社では量産が激減して余った経営資源を開発にあてました。

日進工業の必死の努力から生み出された、高い価値を生む技術です。日進工業のHPには、下記のような解説が掲載されています。

 

日進工業は、通常の塗装やメッキ等による表面被服を一切要さない塗装レスのメタリック着色樹脂の技術において、卓越した技術を持っています。

当社製品は大手材料メーカーが模範サンプルとしてドイツの自動車メーカーに持ち込み、極めて高い評価を受けています。

繰り返しの使用による剥離の心配がなく、金属品よりもはるかに軽量である塗装レスメタリック着色樹脂は、特に性能面から軽量化が求められる分野での代替部品として、大きな注目を集めています。

 

また製造過程における拡散塗料がなく、表面コート品と違ってリサイクル可能なメタリック樹脂は、極めて環境負荷の低い製品とも言えます。

(出典:同社HP)

 

金属製部品対比での軽量化に有利です。さらに、後工程で塗装せずに成形工程のみで製品が仕上がります。

塗装品よりも明らかにコストが下がりますから、多くの企業の目に留まります。

ここで日進工業代表取締役社長の竹元盛也氏は次のように語っています。

 

塗装レスメタリック着色樹脂成形に関しては低コスト化しか興味のない日本企業への販売は考えていない。

技術を適正に評価して相応の価格で提示してくれる可能性のある欧州企業に販売する。

(出典:『日経ものづくり』2016年3月号)

 

同社では、この技術を、コスト削減技術でなく、価値の高い製品を生み出す高付加価値化技術で生かします。

付加価値拡大戦略の方針が明確です。

したがって、自ら主導権を握った事業展開が可能となる。

 

技術開発の位置付けはリーマンショックをきかっけとして開発を始めた時点で、すでに明確に打ち立てられていたと推察されます。

景気に思いっきり影響を受け、死ぬか生きるかという経験をした同社ですから技術開発を通じて景気に影響を受けにくい事業形態を構築したくなります。

既にフランスに出張所を設けています。そして、多くの欧州企業から引き合いがあり、英国自動車部品メーカーや建材メーカー、スペイン企業との取引を開始しました。

 

欧州企業は外観デザインに対する意識が特に高く、例えば自動車の内装部品を樹脂化する際に外観品質が下がることを嫌う傾向が強いです。

したがって超高級車市場等もある一定規模で存在します。

付加価値を認めてくれるお客様に絞り込んでお付き合いをする。

 

そうすれば技術開発への継続的な未来投資もできる。

こうしたお客様が国内にいなければ海外で事業展開をすればイイ。

竹元社長の方針は明確です。まさに「小さな世界企業」です。

 

付加価値の高い製品は量を追う必要はありません。

自社従業員が働きがいをもって仕事に打ち込める規模でイイわけです。

なにも大手企業の事情に合わせて安価な製品を大量に供給する役割を演じる必要はない。

 

国内に絞って事業展開をしようとすると、自社が提供できる付加価値を正当に評価してくれるお客様と出会えず量と価格の競争に巻き込まれることもある。

こうした場合にこそ中小のモノづくり企業では、

 

1)独自の技術、製品を持つこと

2)付加価値を認めてくれるお客様と出会うこと

技術開発と営業力の両輪が欠かせないです。

 

ところで日進工業のHPでは事業案内ページに3つの技術が紹介されています。

配向制御、塗装レスメタリック着色樹脂成形、樹脂製PESレンズ。

これらのPDF資料は「英語版のHP」経由で入手できます。技術紹介のPDF資料も英語版のみです。

 

徹底して海外市場を向いています。従業員22人と小規模ながら事業展開の舞台は海外です。

2016年4月にスイスからヴォー州経済開発局や複数の有力企業の方が大田区にある同社を訪問しました。

そのことがHPに紹介されています。

 

自分たちの製品を求めて海外から訪ねてくる人がいる。

現場も自分の職場を誇らしく感じ、しごとのやりがいもますます高まります。

しごとのやりがいと会社の規模は全く無関係です。イイ仕事と出会えるかどうか、現場にとってはただそれのみです。

まとめ

独自の技術や製品を持ち、付加価値を認めてくれるお客様と出会うために技術開発と営業力の両輪を回す。

出典:株式会社 工場経営研究所 伊藤哉技術士事務所


製造業専門の工場経営コンサルタント。金属工学の専門家で製造/生産技術、生産管理、IEにも詳しい。エンジニアの視点で課題を設定して結果を出し、工場で儲ける仕組みを定着させることを得意とする。コア技術の見極めに重点を置いている。 大手特殊鋼メーカーで20年近く、一貫して工場勤務。その間、エンジニア、管理者としての腕を磨く。売上高数十億円規模の新規事業の柱となる新技術、新製品開発を主導し成功させる。技術開発の集大成として多数の特許を取得した。 その後、家族の事情で転職し、6年間にわたり複数の中小ものづくり現場の管理者を実地で経験した。 大手企業と中小現場の違いを肌で理解しているのが強み、人財育成の重要性も強調する技術系コンサルタントである。 技術立国日本と地域のために、前向きで活力ある中小製造企業を増やしたいとの一念で、中小製造業専門の指導機関・株式会社工場経営研究所を設立。現在、同社代表取締役社長。1964年生まれ、名古屋大学大学院工学研究科前期課程修了。技術士(金属部門)