検査不正問題の本質

検査不正問題の本質

検査不正問題の本質にはどこにあるでしょうか?

1.品質問題

自動車業界における品質問題の発覚(2018年9月下旬現在)が後を絶ちません。

スズキが出荷前の自動車で排ガスなどの検査を不適切に行っていた問題で、同社は測定値の改ざんもしていたと明らかにしました。

また、SUBARU(スバル)は燃費・排ガスの測定データ改ざんに続き、新たに自動車の安全性に大きくかかわるブレーキやスピードメーターなどの検査項目でもデータの捏造などの不正があったことを明らかにしました。

 

検査不正が発覚してからも現場は検査不正を続けていた日産の事例や不正の状況を的確に把握できず後から新たな不正が見つかる事例を目にすると、組織風土や組織文化に切り込まないとならない根深い問題であると感じます。

つまり、経営者や経営者層がルールを作り、マニュアルを整備すれば問題が解決するという単純な問題ではないということです。

 

現場作業者がどれだけ熱心で優秀であっても、「何か」が足りなければ、現場のポテンシャルを正しく、余すことなく生かすことはできないということに、今一度、思いを至らせる必要があるのではないでしょうか?

 

2017年9月に完成検査不正が発覚したにも関わらず、その後も無資格者の完成検査が行われていた日産の社長兼最高経営責任者、西川廣人氏は、こうした状況を次のように語っています。

「過去から長く続けてきたことに対し、今日からダメだ言ってもなかなか手を打てない。」(出典:日経ものづくり2018年8月号)

現場にとっては、従来の仕事のやり方を続けるのが最も“楽な”対応ですから、「経営者の想い」が伝わっていない限り、自発的に仕事のやり方を変えようとしないのは普通のことです。

組織風土や組織文化に根差した「場」の雰囲気が、自発的にそれをやらせることを妨げるからです。

ですから、安易な方向へ流されずに、踏ん張ってでも、あえて望ましい方向へ足を踏み出す行動を促すには、「経営者の想い」による後押しが欠かせません。

 

日産では完成車の検査不正に引き続いて、2018年7月には燃費・排出ガス測定でも検査不正が見つかりましたが、同社チーフ・コンペティティブ・オフィサーの山内康裕氏は次のように説明しています。

「完成検査不正も今回の燃費・排出ガス検査不正も問題の根っこは同じだ。

検査員1人ひとりのコンプライアンス意識が希薄な点。

もうひとつは、現場の職務の実態を把握し切れておらず、決められたルールが現実的なものかどうか(本当に守られるか否か)をマネジメントできていない点にある。」
(出典:日経ものづくり2018年8月号)

 

結局、全てが現場へ丸投げになっていて、「経営者の想い」が浸透していない職場のままだったということです。

大手の現場は多くの人で構成されており、大きなチームのベクトルを揃えるには、「経営者の想い」を浸透させる継続的な努力が欠かせません。

“検査員1人ひとりのコンプライアンス意識が希薄な点”というのが山内氏の説明に挙げられていましたが、これは「コンプライアンス意識を現場へ浸透させる努力が不足していた。」とも言い換えられそうです。

 

「経営者の想い」を伝えるには、社是や経営理念に通じる仕事のやり方や将来目指すべき姿を言語化しなければなりませんし、伝える以上、状況をしっかり把握していないと現場との信頼関係を築けません。

「経営者の想い」に羅針盤の役割を果たしてもらうにはそれだけの手間がかかるということです。

 

スズキでの聞き取り調査では、現場検査員から次のような証言が確認されています。

「業務量が多く再測定を行う余裕がなかった」

「再測定をすると車両の納期が遅れ営業に迷惑をかけると考えた」

現場も現場として悩んでいるわけです。

 

現場では、仕事をないがしろにしようとしていたのではなく、あるべき姿と目の前の現実の狭間で“判断”に困っていたということであり、そうした問題を直視しなければならないでしょう。

だからこそ、現場へあるべき姿を実践してもらうため、それを後押しする「経営者の想い」を現場へ定着させたいのです。

2.経営者の想いの浸透

当ブログでは「経営者の想い」という表現をしばしば使っていますが、これは弊社ご指導の際に経営者の皆さまへ問いかける言葉でもあります。

現場のベクトルが揃うも揃わないも全てこれ次第であり、自発性を発揮するときの羅針盤の役割を果たすのもこれです。

 

「顧客の立場で全てを考えろ。顧客が困る事態を起こしてはならない。」

「品質、品質、品質。何があっても品質。納期を遅らせてもまずは品質を優先させる。」

「不都合を見つけたら、仕事の手を止めて、報告、連絡、相談、そして解決を図る。問題の放置は罪だ。」

 

こうした想いを繰り返し、繰り返し、繰り返し、現場へ語ることで、定着し、現場の思考回路の一部を構成するに至ります。

経営者が不在でも、現場は“経営者に代わって”、判断をしてくれるのです。

 

一連の自動車業界における品質問題では、問題を問題として意思表示できない“場”の雰囲気に根本的な原因があるように感じます。

そうした“場”の雰囲気を醸成した原因のひとつは、「経営者の想い」が現場へ浸透していないことにあり、それを解決できるのは経営者しかいません。

 

日産では、不正発覚後、西川社長はじめ役員がコンプライアンスの重要性を繰り返し従業員へ説いてきたようですが、それでも、なかなか現場は変わらなっかたということでしょう。

その「経営者の想い」を定着させるには、根気しかありません。

時間を味方に、「経営者の想い」を定着させるしかなく、経営者の王道をいく指導しかないと考えています。

3.トヨタの想い

トヨタ生産方式の2本柱はジャストインタイムと自働化です。

この2本柱はトヨタグループ創始者、豊田佐吉氏とトヨタ自動車創業者、豊田喜一郎氏の想いから生まれたものです。

 

後者は豊田佐吉の考案した自働織機から生まれた発想であり、経糸がきれたり横糸がなくなったりすると、機械が停止する仕掛けで具体化されました。

機械に品質の良し悪しを判断させるという考え方です。

 

トヨタではこの考え方を現場作業者に拡大して適用しています、

つまり、異常が発生したら、作業者自身が自らラインを停止させるように徹底しているのです。

 

自働化は不良品を発生させない、良品しか流動させないという考えに基づきます。

トヨタ生産方式において、自動化とは、機械と現場作業者の両社に期待される働きになっています。

そして、この自働化の考え方を現場作業者へ定着させる前提条件に注目したいです。

  

1.「異常を見つけたらラインを止める」権限と責任を現場作業者へ与えること

2.現場職制は、現場から上がってきた「異常」報告へ真剣に対応すること

 

これら2つを両立させことです。

 

トヨタは時間をかけながら、これら2つを両立させる“場”の雰囲気を醸成してきたと推測できます。

現場の管理者を担ったことがある方なら、この前提条件の実現は言うほど簡単なことでないと、ご理解いただけるのではないでしょうか?

 

管理者の成果は、原則的に出来高や生産性で計られますから、現場職制は設備を“効率良く”稼働させることに力点を置くことになります。

これは自然なことであり、管理者が持つべきセンスとして間違ってはいません。

 

しかし、そうした考え方一辺倒では、「異常を見つけたらラインを止める」現場作業者と“対立”することになります。

管理者は少しでも“長く”設備を動かしたいと考えるからです。

 

止めたくないので、現場が発見した品質上の異常に対して、この程度の異常なら見逃して客先で見つからなければそれで問題ないだろう、不良もばれなければよいと考えがちです。

当然のことですが、そうした職制の下で、自働化の思想は絶対に定着しません。

 

職制が現場へ「これくらいなら止めずに、製品を流せ。」と言い出したら、現場はそう対応するしかないでしょう。

「臭いものにはふたをせよ」という”場”の雰囲気が醸成され、問題が放置されるのです。

 

トヨタは、現場での“対立”という構図を克服し、現場の作業者と職制が協力関係を構築する努力を長年、やり続けたのです。

その結果がトヨタ生産方式という形で結実しました。

 

「異常は止めろ」ということを繰り返し、繰り返し、現場へ伝え、その一方で職制の仕事のやり方を繰り返し、繰り返し、説いてきた成果ではないでしょうか。

長年、試行錯誤、紆余曲折、トライアンドエラーを繰り返し、経営者と経営者層があきらめず、トヨタの仕事のやり方はこれだ!!ということを現場に見せ続けた苦労は並大抵ではなかったと推測されますが、トヨタはそれをやり切りました。

その結果、現場作業者は異常に対して悩むことなく行動できます。

 

トヨタの現場には自発的に動くことを後押しする、“生きた”経営者の想いが定着しているのではないでしょうか。

「異常」への対処方法が思想として明確に示されているのが強みです。

 

トヨタには創始者、創業者から脈々と受け継がれてきた考え方があり、トヨタウェイとして具体化されています。

昭和ひと桁の時代からの積み重ねであることに注目したいです。

(現時点で検査不正の報告がない大手自動車メーカーはトヨタ自動車、ホンダ、ダイハツ工業のようです。)

4.「異常」への対処方法を明確にする

明るみに出た大手自動車メーカーの検査不正の事例を踏まえると、品質問題の本質には、経営者の想いの浸透の度合いとそれによって醸成される自発性を発揮する雰囲気の有無があると考えています。

トヨタ生産方式の思想を参考にするならば、特に「異常」への対処方法の明確化がカギです。

 

現場へ伝えたいこと、浸透させたいことを、改めて確認、整理してはいかがでしょうか?

特に、「異常」に着目して、そうしたときはどのように行動して欲しいか、経営者の想いとして具体的に提示するのです。

「異常」を放置しない組織風土、組織文化を目指します。

 

中小ならではなの“コンパクトなチーム”という強みに着目し、経営者の想いをより一層浸透させ、組織の凝集性を高めて下さい。

時間はかかるかもしれませんが、経営者の代わりになって考える「異常」に強い現場ができあがります。

 

弊社は生産管理3本柱の定石を生かし、経営者の想いを実現させる仕組みづくりをご指導しておりますが、こうした取り組みで成果が出るも出ないも経営者の覚悟というか、強い想い次第であることが多いです。

ノウハウや定石の習得の前に、これであると感じています。

 

結局、経営者の想いは、組織風土や文化を醸成することにつながるので、当然のことかもしれません。

特に、「異常」時の行動規範が明確な現場は安心して仕事にも打ち込めるのではないでしょうか?

 

そうした現場は「異常」を放置しません。

自主性を発揮する雰囲気が醸成されれば、結局、品質問題を未然に防ぐことにもなるのです。

 

決断した今からスタートしましょう。

こうした決断に遅い、ということはありません。

前を向くのみです。

 

「異常」への対処方法を繰り返し伝え、経営者の想いを浸透させる仕組みをつくりませんか?

 

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製造業専門の工場経営コンサルタント。金属工学の専門家で製造/生産技術、生産管理、IEにも詳しい。エンジニアの視点で課題を設定して結果を出し、工場で儲ける仕組みを定着させることを得意とする。コア技術の見極めに重点を置いている。 大手特殊鋼メーカーで20年近く、一貫して工場勤務。その間、エンジニア、管理者としての腕を磨く。売上高数十億円規模の新規事業の柱となる新技術、新製品開発を主導し成功させる。技術開発の集大成として多数の特許を取得した。 その後、家族の事情で転職し、6年間にわたり複数の中小ものづくり現場の管理者を実地で経験した。 大手企業と中小現場の違いを肌で理解しているのが強み、人財育成の重要性も強調する技術系コンサルタントである。 技術立国日本と地域のために、前向きで活力ある中小製造企業を増やしたいとの一念で、中小製造業専門の指導機関・株式会社工場経営研究所を設立。現在、同社代表取締役社長。1964年生まれ、名古屋大学大学院工学研究科前期課程修了。技術士(金属部門)