擦り合わせ力を現場のモノづくり力アップに生かす

擦り合わせ力を現場のモノづくり力アップに生かす

貴社の現場では、擦り合わせ力が発揮されていますか?

1. 自動車業界では機能と感性からの技術開発が求められる

技術開発で大切なのは、顧客へ提供する価値の見極めです。

商品で求められる仕様が、感性なのか、機能なのか、あるいは両者が含まれているのか、こうしたことを、はっきりさせます。

提供すべき顧客価値が、変化することを踏まえることも、欠かせません。

 

技術の進歩や時代の流れと共に顧客価値を見直す必要を痛感したことがあります。

意匠性も求められる自動車部品の開発業務に携わっていたころのことです。

自動車に求められる価値の多様化が、背景にあると推測されます。

 

自動車の展示会にも、そうした傾向が見られます。

2年に一度、開催されているモーターショーは有名です。

しかし、昨今では、モーターショーより、オートサロンの集客力の方が上回っているようです。

 

オートサロンは、カスタマイズされた自動車を主に展示しています。

自動車も単なる移動手段ではなく、コトを顧客に運び届ける商品と考える視点も必要なようです。

走る、曲がる、止まるは、自動車の基本機能です。

 

基本機能を高める技術開発は、重要なポジションを維持していますが、一方で、感性に訴える要素の研究開発の必要性も高まっています。

乗っていて楽しい、乗り心地が良い、その車を所有していて気持ちが良い。

今後、仕様を数値で表現しにくい、「コト」の顧客価値に占める割合が大きくなりそうです。

 

すると、機能一辺倒の技術開発では、商品の魅力を最大化できません。

機能と感性を意識した自動車開発が望まれます。こうした流れは、当然、部品を供給するメーカーにも求められるでしょう。

適切な技術開発テーマを設定するノウハウや手法の重要度が増します。

2. 電機業界不振についての解説

国内の自動車メーカーが、トヨタを筆頭にして世界を舞台に戦い、一定の存在感を示している一方で、国内の電機業界が不振であるのは対照的です。

白物家電といえば、かっての三洋電機(パナソニックに買収)、松下電器(今のパナソニック)、日立、東芝、シャープ(鴻海に買収)……、多くの企業が思い浮かびますが、今や白物家電を事業の柱としている電機メーカーは少ないです。

こうした家電・エレクトロニクス企業の低迷の原因は何か? 一橋大学教授の青島矢一氏が、日経新聞で解説しています。

 

技術が進歩した結果、日本企業が得意としていた、摺り合わせによる価値が、生まれにくくなっているとの指摘をしています。

 

「第1の原因は、半導体の微細化に起因する技術進歩により、“より良いモノ”を生み出す、日本企業の強みが生かされにくくなったことである。

ラジオ、オーディオ、テレビ、ビデオ、デジタルカメラなど、日本企業が強みを発揮したのは単品としての製品だ。

製品という枠内で顧客の要望を極限まで満たすように、部材から組み立てまでの流れを同期化することに強みがあった。

 

しかしデジタル化が進み、製品機能の大部分が半導体チップに統合されると、個別の製品の性能や品質で差別化することは難しくなった」

(出典:『日本経済新聞』2016年3月15日)

 

  • 固定的な製品の枠内では、製品の機能自体が強みになる
  • 顧客から求められる製品の機能が、摺り合わせ力によって実現できる

 

このような経営環境のもとでは、国内電機業界の各社が持っていた技術開発力や摺り合わせ力が強みとして発揮されていました。

それが、半導体技術の進歩で、製品機能が半導体チップ上で実現できるようになったのです。

こうなると、市販のチップセットで、十分な機能を有する製品ができあがります。

 

機能を実現させる技術開発力や摺り合わせ力は、もはや強みにならない。

いわゆるモジュール化の流れです。

さらに、半導体技術の進歩によって、製品が持っている機能的、物理的な境界線が、取り払われることになった、と青島教授は指摘しています。

 

固定的な製品の枠に縛られずに、ハードウェアとソフトウェアの技術で、多様な機能を自由に組み合わせることが可能になりました。

つまり、モノのみではなく、コトに着目した発想で、付加価値を高めることが可能になったのです。

繰り返し取り上げられますが、アップルはそうした事業展開で、ブランドを構築し、成果を上げました。

 

一方で、日本のエレクトロニクス企業の多くは、固定的な製品の枠から脱却できませんでした。

これが、今日の電機業界低迷の原因のひとつです。

製品のモジュール化は、ますます、進むと考えられます。

 

電機業界では、半導体技術の進歩の結果、製品機能の大部分が半導体チップ上に統合され、モジュール化が進みました。

自動車業界でも、動力の電気化によって、同様のことが起きると予想されています。

電気自動車は、必要な部材を購入すれば、組み立ては、難しくないといわれています。自動車部品のモジュール化も進むというわけです。

 

電機業界は、自動車業界よりも一足早くモジュール化の波にもまれました。

この製品のモジュール化は、電機業界のみの流れではないでしょう。

今後、自動車業界を始め、製造業全般が、直面する外部環境変化とも考えられます。

 

モジュール化の波は、摺り合わせ力を無力にしてしまう破壊力があります。

それまでの業界を大きく変えるほどの影響力があることに注意をしたいです。

つまり、モジュール化の影響を受けそうな分野を技術開発のテーマとして取り上げないことです。

 

  • 機能競争では、圧倒的な差別化技術を狙うか
  • コトに注目するか

 

このどちらかのスタンスで、技術開発を進めることが欠かせないです。

電機業界不振の原因解説を読んで、ますます、その思いが強くなりました。

3. 現場では摺り合わせ力でモノづくり力を高める

モジュール化の影響で、製品開発では、擦り合わせ力の強みが発揮されにくくなりました。

しかし、擦り合わせ力自体は、現場で、今後も重要な役割を果たします。

今後も、モノづくり力を強化・維持するために、必要な現場力のひとつが、擦り合わせ力なのです。

 

インダストリー4.0でドイツが目指しているスマート工場の姿は、「人とロボットの協業」「生産設備のモジュール化」の2つです。

マスカスタマイゼーションに対応した、スマート工場では、生産設備のモジュール化の進展が予想されます。

だからといって、短絡的に、摺り合わせ力が、今後は、不要になると考えるのは誤りです。逆に、ますます、モノづくり力を強化するのに、現場の摺り合わせ力が重要となります。

 

例えば、生産設備のモジュール化を実現させるには、摺り合わせの知識が必要です。

現状を知り尽くした摺り合わせ力を生かさねば、生産設備のIoT化は、絶対に無理だからです。

モジュール化された後なら、摺り合わせ力は、必要とされません。しかし、モジュール化するための検討、つまり既存設備を、どのようにモジュール化すべきかを考えるには、現場の摺り合わせ力への理解が必要なのです。

 

今後、摺り合わせ力を発揮させる領域は、モノづくりの現場です。

新たな設備を稼働させ、モノの流れを滞りなく流し、付加価値を生み出すアイデアを考える……。

付加価値を創出/拡大する生産活動の領域でこそ、発揮させる必要があるのです。

 

技術開発や製品開発で狙うべきターゲットは、顧客も気が付いていない潜在的なニーズです。

まだ誰も気が付いていないコトに焦点を当てます。

新たな市場を開拓するモノづくりを展開したいのです。

 

多くの知恵が絶対に必要になります。

知恵を生み出し、アイデアを創出するための摺り合わせ力が、今後も必要です。

これからは、職人的な専門知識を軸にする力に加え、多くの人から出された知恵を上手く統合する属人的な力、つまり摺り合わせ力も、モノづくり現場で欠かせません。

 

貴社で長年かけて蓄積されてきた、現場の擦り合わせ力に注目して下さい。

現場の摺り合わせ力を生かして、モノづくり力をアップさせる仕組みを作りませんか?

出典:株式会社 工場経営研究所 伊藤哉技術士事務所


製造業専門の工場経営コンサルタント。金属工学の専門家で製造/生産技術、生産管理、IEにも詳しい。エンジニアの視点で課題を設定して結果を出し、工場で儲ける仕組みを定着させることを得意とする。コア技術の見極めに重点を置いている。 大手特殊鋼メーカーで20年近く、一貫して工場勤務。その間、エンジニア、管理者としての腕を磨く。売上高数十億円規模の新規事業の柱となる新技術、新製品開発を主導し成功させる。技術開発の集大成として多数の特許を取得した。 その後、家族の事情で転職し、6年間にわたり複数の中小ものづくり現場の管理者を実地で経験した。 大手企業と中小現場の違いを肌で理解しているのが強み、人財育成の重要性も強調する技術系コンサルタントである。 技術立国日本と地域のために、前向きで活力ある中小製造企業を増やしたいとの一念で、中小製造業専門の指導機関・株式会社工場経営研究所を設立。現在、同社代表取締役社長。1964年生まれ、名古屋大学大学院工学研究科前期課程修了。技術士(金属部門)