技術を広めるための知財戦略

技術を広めるための知財戦略

知的財産権を取得すると他の誰も使えない!?

知的財産権は独占排他権であるから、その権利は取らない方(成立させない方か)が誰でも使えて技術が広まるのではないかと考えるかもしれません。

しかし、知的財産権は自分がその技術を独占的に使えることはもちろんですが、代償の要否を含めて、自由に使えるようにすることの裁量も持つものです。

そのため、世の中に技術を広めたいと考える場合にも知的財産権を取得する意義はあります。

開発した技術について他人が知的財産権を取得してしまった場合には、その他人が技術を独占することとなり、技術を広めることができなくなってしまいます。

世に出た後で出願された技術については特許権は認められませんが、微妙な違いで特許が認められてしまったり、仮に無効な特許であったとしてもその無効化には多大な労力を要したりします。

ノーベル賞の大村教授が救った病気

過去にノーベル賞を受賞された大村智教授が特許権の一部を放棄し、10億人を救ったというエピソードがあります。

大村教授の技術は、アフリカや中南米、東南アジアなど熱帯地域で人の目に寄生する病原体に起因する病気の特効薬です。この病気は失明の恐れもあるものでした。

大村教授は、この特効薬に関係する特許権を取得しており、その特許権の一部を放棄することによって治療薬が無償提供され、約10億人を失明の危機から救ったといわれています。

仮に特許権を取得しておらず、他の事業者などが特許権を抑えていた場合などには、この10億人を救えなかったかもしれません。

特許権を取得して自分の意志で一部放棄をしたからこそ、多くの人を助けることができたのです。

粋な特許戦略

当サイトで過去に紹介したシャンプーとリンスのボトルの違いの件もこの話に似ています。

シャンプーのボトルの側面にギザギザを付けて触感だけでシャンプーとリンスを区別できるようにするアイデアは花王が開発したものですが、花王はこのアイデアの実用新案登録出願を放棄し、業界各社に同様のギザギザを設けるように働きかけます。

これによって、消費者はメーカーを問わず、ギザギザによってシャンプーとリンスを区別できるようになりました。

一方で、権利を保持したまま技術を広めた例もあります。例えば、QRコードを挙げることができます。

特許権者のデンソーウェーブは規格に沿ったQRコードの使用については特許権を行使しないことを宣言していましたので、様々な業界で広く使われるようになりました。

このように「権利を行使しない宣言」によって、権利を保持しつつも技術を普及させることができます。

権利を保持しておくメリットとしては、たとえば宣言に付けた条件(QRコードの例で言えば規格に合致しない仕様での実装等)については排除することができます。

知的財産権は独占排他権です。

技術の普及とは相反するもののようにも見えるかもしれませんが、自らの意志で技術を広げていきたいのであれば権利を取得することも戦略の一つだといえそうです。

技術を広めるための知財戦略

出典:『技術を広めるための知財戦略』(発明plus〔旧:開発NEXT〕)


弁理士。コスモス国際特許商標事務所パートナー。名古屋工業大学非常勤講師。1980年愛知県生まれ。名古屋工業大学大学院修了。知的財産権の取得業務だけでなく知的財産権を活用した製品作りの商品開発コンサルタントを行う。知財マッチングを展開し、ものづくり企業の地方創世の救世主として活躍している。著書に『社長、その商品名、危なすぎます!』(日本経済新聞出版社)、『理系のための特許法』(中央経済社)等がある。 特許・商標の活用を応援するWEBマガジン「発明plus Web」( https://hatsumei-plus.jp/ )を運営している。