工数削減だけでは儲からない

工数削減だけでは儲からない

1.「のぞみ」のコロナ対策と輸送能力アップ両立

8月7日より東海道新幹線で「のぞみ」を1時間に最大12本運転する「のぞみ12本ダイヤ」を設定するそうです。輸送能力が高まります。1本増やすと1300人アップです。1時間10本を12本に増便して客を分散し、「密」を避ける狙いもあります。

金曜日の夕方、予約ですべて満席という状況を回避もできるのでCS向上にもつながります。コロナ対策も考えなければならない中、1時間10本を12本に増便できたのはJRの技術力とチーム力です。

 

2.ボトルネック解消で、詰めて、空けて、取り込む

のぞみにはN700系と700系の2種類ありました。それをN700系に統一しています。最高速度を合わせるためです。N700系にはカーブを高速で走行できるシステムが搭載されています。最高速度は、従来車両対比時速15kmアップの285kmです。

当然のことですが、最高速度が違う列車が同じ線路を走ると、間隔が空く、あるいは詰まるという現象が起きます。そこで、全ての列車の最高速度を揃えるとどうなるでしょうか。車両間隔は揃います。その結果、列車同士の間隔を詰められました。

空いた間隔に2本取り込んだと言うわけです。技術力でボトルネックを解消し、詰めて、空けて、取り込みました。ただこれだけでは不十分だったのです。チーム力も必要でした。

 

3.作業時間従来対比2分短縮

机上の計算では、最高速度時速285kmの列車をそろえると2本取り込めるとなりましたが現実は複雑です。複雑さの要因のひとつが東京駅での折り返しです。

増発すると、東京駅に出入りする列車が増えます。「折り返し時間の短縮」が必要であることが判明したのです。従来対比で2分短縮が必要でした。

「折り返し時間の短縮」の2分短縮をどうやって実現させるか?これに挑戦したのが清掃チーム(新幹線メンテナンス東海)です。つまり清掃時間を標的にしました。

このご時世です。コロナ対策もしなければなりません。このコロナ対策の作業を加えながら作業時間を2分短縮することが目標です。

 

4.熟練と連携のチーム力

車内の清掃は5人で2両を担当します。制限時間は10分間です。まずは、座席方向の反転作業です。全ての座席を進行方向に向けて回転させます。

それから座席の清掃です。ほうきで座席を払います。この時使用するのが『座席払いぼうき付き濡れ検知器』です。座席を払いながら濡れ検知をします。コロナ対策です。

座席が濡れていると、ほうきに付いたセンサーが水分を感知してブザーで知らせてくれます。濡れを検知したら、座席の上にシールを貼ります。シールを目印に駆け付けた車掌の協力で原状復帰です。

また、床のモップ掛けにも工夫があります。『鋭角ラバーぼうき』です。掃きながら濡れているところも拭けます。座席の枕カバー交換もあります。これらを10分でやり切っています。練達と連携の成果です。(出典:テレビ朝日news 8/8(土) 9:11配信)

 

5.取り込みたいことがあるので、詰めて、空ける

工数削減を計画するなら、何のために工数を削減するのかを明らかにする必要があります。さばききれない受注がある時代なら、工数削減に焦点を当てていれば、“自動的に”儲かりました。新たに取り込みたい受注が列をなして待っていたからです。

しかし、今は違います。「取り込む」ことを中心に考えなければ付加価値額を積み上げることが難しくなりました。詰めて、空ける前に取り込むことを決めます。

先の「のぞみ」増便の活動も「詰めて、空けて、取り込む」で成果を出した事例です。3密回避のコロナ対策、輸送能力アップのために1時間あたり10本を12本へ2本増便をしたい、ついては……というように詰めて、空けた後にどうするかが明確になっていました。

取り込みたいことがあるので、どれだけ詰めて、どれだけ空けなければならないかを設定したと言えます。

 

6.「工数削減=コスト削減→利益」の思い込み

先週、ある経営者と現場活動の振り返りをしたときのことです。機械加工現場です。1年間の活動で目覚ましい成果を上げました。前年度対比で工数削減25%を達成したのです。

これに対して、経営者は成果が全体に波及して利益につながらないと……と語っていました。どうやら工数削減=コスト削減→利益になると考えていたようです。

工数を削減しただけでは利益は生まれません。空いた工数で付加価値額を積み上げない限り利益につながらないのです。

新たな商品を生産する。材料費削減の活動をする。外注費削減の活動をする等々。詰めて、空けて、新たな付加価値額を取り込みます。工場で儲ける具体策です。

工数削減だけを指示しているようでは経営者の仕事になっていません。

 

7.コスト削減金額に対する誤解

工数削減の成果をコスト削減金額で評価する現場にしばしば出会います。次の式です。

工数削減によるコスト削減金額=レート×削減工数

例えば、商品Aを毎日2人で8時間生産していると仮定します。現場活動の結果、2人で6時間に工数が削減されました。レートが3,000円/人時の場合、1日当たりのコスト削減金額は次です。

3,000円/人時×4人時=12,000円/人時

20日稼動の現場とすると1月当たりのコスト削減額は240,000円となります。ここで、1月当たり24万円分、利益が増えると誤解をする人がいるようです。

当然ですが、間違っています。削減した工数分の固定費を減らすことは無いからです。時間給なら、その分、従業員への支給金額を減らし、利益アップにつなげることはできます。しかし、正社員に対してはそんな対応はしません。

したがって、削減した工数分の使い方が問われます。取り込みたいことを設定するのが先です。そして、どれだけ詰めて、どれだけ空けなければならないかを決めます。これは経営者の仕事です。

 

8.技術力とチーム力の連動

技術力とチーム力を連動させて「のぞみ」の増便を実現させました。最高速度を15キロアップさせて285キロにしたN700系に統一したのはJRの技術力であり、10分を実現させたのは清掃チームの熟練と連携、チーム力です。

「ウチには目立った強みがなくて……」という経営者にお会いすることがありますが、それは経営者自身が強みを認識していないだけです。

もし、本当に強みがなかったらその会社は潰れています。潰れていないということは、貴社を選んでくれるお客様がいるということです。貴社は選ばれる理由を持っています。それが技術力とチーム力です。

技術力とチーム力。2つの力を最大限に発揮させます。そこで大切なことは目標の設定です。目標は具体的であればあるほど、現場は頑張ります。

車両の統一と作業時間10分以内という具体的な目標です。成果は10本から12本です。そうしてコロナ対策と輸送能力アップを両立させました。

技術力が生かされるのも、チーム力という土台があってこそ、という構図です。

 

9.具体的な目標が現場を動かす

現場への指示は具体的ですか?

「生産性を10%高めよ。」という掴み所がない、つまりどうやって行動に移せばイイのかわからない指示では動きようがありません。

それをもって「ウチの現場には自主性がない……」と言うのは大きな間違いです。それは、動きようがない目標設定の方に問題があります。

ロードマップで将来を設定し、短期目標の位置付けを明らかにして下さい。

 


製造業専門の工場経営コンサルタント。金属工学の専門家で製造/生産技術、生産管理、IEにも詳しい。エンジニアの視点で課題を設定して結果を出し、工場で儲ける仕組みを定着させることを得意とする。コア技術の見極めに重点を置いている。 大手特殊鋼メーカーで20年近く、一貫して工場勤務。その間、エンジニア、管理者としての腕を磨く。売上高数十億円規模の新規事業の柱となる新技術、新製品開発を主導し成功させる。技術開発の集大成として多数の特許を取得した。 その後、家族の事情で転職し、6年間にわたり複数の中小ものづくり現場の管理者を実地で経験した。 大手企業と中小現場の違いを肌で理解しているのが強み、人財育成の重要性も強調する技術系コンサルタントである。 技術立国日本と地域のために、前向きで活力ある中小製造企業を増やしたいとの一念で、中小製造業専門の指導機関・株式会社工場経営研究所を設立。現在、同社代表取締役社長。1964年生まれ、名古屋大学大学院工学研究科前期課程修了。技術士(金属部門)