工場見える化:労務費(残業)について考える【1】
コスト削減のため、労務費に注目することはありますか?
作業者が定年で退職したことに合わせて、
非正規社員を人員補充で採用したり、
そもそも、人員補充を見合わせたり、
あるいは、残業を1、2割削減することを計画したり……
労務費は、どのような観点で見直しを図ればよいのだろうか?
労務費を固定給部分と残業部分に分けて検討すれば、見えてきます。
1.労務費のうち「残業部分」を見える化する
労務費は、工場長などの管理者、工場事務員、スタッフなどの給与と、現場で直接作業や間接作業に携わる作業者の賃金で構成されています。
労務費のうち管理すべきは、作業者が残業した分の残業代です。
付加価値の定義は下記でした。
工場の付加価値 = 売上高 - 工場の生産量に比例して出費される費用
「工場の生産量に比例して出費される費用」として、現場の残業代を取り上げます。
厳密には、生産量に「比例」して残業が発生するわけではありません。
その工場の生産能力を閾値として、それを超えると発生します。
ただし、生産能力を把握していないと、「何となく残業」となってしまう。
いつもより、何となく量が多いので、何となく残業が発生する。
中小企業のモノづくり工場は、そのほとんどが多品種少量体制です。
機能別に設備が配置され、生産工程が複雑になっているケースが多いです。
このような場合、工場全体の生産能力を把握することは少々困難です。
したがって、まず、生産量と残業の相関を把握するところから始めます。
また、当然ですが、一般的に生産量が増えるにしたがって残業は増加傾向にあります。
つまり、生産量が変動することで付加価値も変動する。
その工場で残業が発生する理由や原因、さらに付加価値への影響度合いを把握するために、残業部分に注目します。
固定給や賞与とは異なり、生産活動に直結した費用だからです。
2.固定給部分は投資、あるいは資産と考える
さて、固定給部分は、生産の多寡に関わらずかかっている費用です。
ただし、労務費のうちこの固定給部分は、現在もはやコスト削減の対象項目ではありません。
高付加価値化を推進するための投資、資産と考えます。
工場運営では、今日の生産活動に加え、未来に向けたイノベーションも進めねばなりません。
したがって、固定給部分はイノベーションを推進する未来投資です。
自律性、自発性を促すための資産です。
ですから、労務費の固定給部分は、この投資に見合った付加価値が生み出されているかどうかを評価します。
日常の忙しさに流され、時間が“作業”に費やされていると付加価値を拡大させる機会がありません。
このような状態は、固定給部分の投資(資産)効率が低いと判断します。
こうした判断になる場合、そもそも仕事のやり方を見直さねばなりません。
戦略的な工場運営や工場経営を考える場合、経営者がやるべき重要な判断業務です。
このように考えると、固定給部分は戦略的に考える必要があり今後拡大すべき付加価値に応じて設計しなければならないことに気が付きます。
非正規社員に代替えしてコストを削減する等の単純な判断では存続と成長のストーリーは全く描けません。
固定給部分を考えるには、今後拡大すべき付加価値を思い描く必要があります。
このように、固定給部分は削減ではなく、付加価値拡大に活用することを考えます。
3.「残業」が発生する特性を知って現場を掌握する
さて、大部分の会社では、残業時間を需要変動に対する生産能力のバッファとして、生産計画に組み込んでいます。
具体的には、
新製品の量産が開始して、当面のゴタゴタを乗り切るためとか、
突発の注文に対応するためとか、
いつもより多い受注に対応するためとか、
こうした場面における生産能力の調整弁として使われます。
付加価値を算出する際には、工場独自の生産量と残業時間の相関を把握しておくことが欠かせません。
残業を管理するためには、その工場における残業の“特性”を知ることが必要です。
最終的に、「残業時間が○○○発生した」という事後判断ではなく、
「残業時間は○○○の見込だ」という事前判断ができる状況を目指します。
残業の可否は、工場のルール上、現場へ判断を委ねても構わないですが、その妥当性は管理者が最終的に判断できなければなりません。
このあたり、全てを現場へ丸投げしている工場も多くはないでしょうか。
それでは、現場を掌握できません。
4.残業発生理由では工場の生産形態を意識する
一貫ライン24時間連続操業3交代勤務制の工場と、
8時間稼働の機能別にレイアウトされた工場とでは、
当然、残業発生の理由が異なります。
まず、工場の生産形態を意識します。
その生産形態で、なぜ、その残業が発生するのか。
生産形態上の特徴や制約条件を理解した上で、残業の発生理由を把握します。
こうして、付加価値算出のための残業代を評価します。
その結果、残業の増減で付加価値がどのように変化するのか、
利益への影響がどの程度なのか、
こうしたことを整理できます。
5.残業ゼロに挑戦してみる
さて、そもそも自社工場で、残業はなぜ発生するのでしょうか。
現場部門、スタッフ部門、慢性的に残業が発生していませんか。
そして、なぜ残業が発生しているのか、把握できていますか。
また、残業ゼロの工場運営は不可能ですか。
そこで現場部門もスタッフ部門も、残業をゼロにすることを目標に掲げます。
挑戦的な目標を掲げることで、革新的な発想が生まれる可能性が高まります。
こうした挑戦的な目標は現場の一体感を高めます。
残業ゼロでも、生産性を高めて、付加価値は拡大させる。
このような高付加価値体制を目指す。
指標を1割、2割向上させるという発想では追いつきません。2倍、3倍の発想が求められます。
トヨタのプリウス開発を指揮した和田明広氏(元副社長)は、
プリウスの燃費にこだわり、開発チームへ挑戦的な目標を指示したそうです。
「(燃費について)開発チームが『50%よくなります』とある時言ってきた。
だが、50%を目標にすると、頑張ってそれだけだから、仕上がりは40%、30%になる。だから目標は50%でなく2倍にしろと言ったことがある。
そう言っておけば悪くても70%、80%にはなる。
もっとも技術者は(指示を)忠実に守って2倍にしてくれた」
(出典:『日本経済新聞』 2015年11月15日)
モノづくりにこだわる技術屋の技術屋魂に火が付いた結果でしょうね。
挑戦的な目標は技術屋を本気にします。
6.付加価値の拡大と働く時間との相関は弱い
日本一社員がしあわせな会社として度々紹介される、岐阜県に本社がある未来工業という電設部材メーカー。
残業ゼロを会社方針としています。
HPの採用メッセージに下記の一文が掲載されています。
「具体的には、作業服は自由にしました。
1日の労働時間は7時間15分、年間休日日数は約140日という日本有数の休みが多い会社です」
名証に上場していますし、イノベーションを重ねて売り上げを伸ばし続け、特許庁の意匠登録件数上位にランクインしているそうです。
このような会社の元で頑張らない従業員がいたら、かえって不自然です。
こうした宣言をする会社には、なぜか意欲的な若手人財が集まります。
生み出す成果(付加価値)と働く時間の相関は弱いということです。
7.若手人財への残業に対する意識調査
2015年度新入社員を対象に意識調査をした結果があります。
三菱UFJリサーチ&コンサルティングが東京、名古屋、大阪で開催したセミナーを受講した、2015年度の新入社員が対象です。
男性894人、女性488人。
給料と残業に対する考え方の意識調査で、
- 「残業が多くても給料が増えるのだからよい」
- 「給料が増えなくても残業はないほうがよい」
のどちらの考えに近いか選択してもらった結果です。
(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 2015(平成27)年度 新入社員意識調査アンケート結果)
「給料が増えなくても残業はないほうがよい」の回答割合が56.5%で、
新入社員の私生活を大切にしたいという意識が強まる傾向にあることがわかります。
ライフワークバランスという言葉があります。
仕事も頑張るけれども、私生活も充実させる。
また、国内の人口も減少モードに突入し少子高齢化時代を迎えて、多くの働き手は子育てや親の介護等、複数の課題を抱えながら働かねばなければならない状況に直面します。
8.付加価値拡大の切り口として残業ゼロに挑戦する
有能な人財を確保するためにも極限まで生産性を向上させ、労働時間ではなく知恵と工夫で付加価値を拡大する体制を構築することが、これから中小モノづくり工場の課題です。
優秀な人財を維持しなければなりません。
優秀な人財を外部から採用もしなければなりません。
意欲的な若手人財に人生をかけて働く場として選んでもらわねばなりません。
会社視点のみではなく、従業員視点の工場経営も、今後は企業価値を高めるには欠かせません。
そうした取り組みの切り口として、残業ゼロという挑戦的な目標があります。
挑戦的な目標を掲げることで、工場全体の一体感が醸成され、やる気も全開!!
付加価値が飛躍的に伸びます。
まとめ
労務費は、どのような観点で見直しを図ればよいのだろうか?
労務費を固定給部分と残業部分に分けて検討すれば、見えてくる。
残業ゼロという挑戦的な目標を掲げて、付加価値を飛躍的に伸ばす。
出典:株式会社 工場経営研究所 伊藤哉技術士事務所