安全について|元トヨタマンの目
トヨタはすべての作業者の作業について標準作業票を作成して現場に掲示しなければならない。
一秒単位の動きまで細かく書いてある。
これには現場の管理監督者の長年の経験がすべて盛り込まれ、現状では最高のものとなっている。安全や品質について、一挙手一投足まで指示してある。
このようにしてこそ、管理監督者はすべての作業者の安全、品質等についての責任を負うことができる。
したがって現場の作業者は、標準作業票の指示するままに動かなければならない。
しかし作業者が作業していて、現状と合わないとか、現状より良くなる改善を思いついたとかの場合は、そのことを提案し、管理監督者が納得すれば、標準作業票が書き換えられる。
この標準作業票は、現場関係者以外の、他の製造部の職制や作業者、組合関係者など誰もが見ることができる。
またそのように違った部署の人達の新鮮な目は得てして、現場では思いもよらないよいアドバイスをもらえることもある。
したがってトヨタの現場には、現場関係者以外の第三者が常に入ってくることを想定している。
具体的に言えば、「第三者が現場へ入って来ても、その第三者が怪我をしないような安全対策をしておけ」ということだ。
機械加工の長大な自動ラインへ第三者が入ってきても、光電管がすべてそれを察知し、人が入った部分の搬送が停止するようになっている。
プレスでも機械稼動域に人が入ってくれば、これも光電管やマットスイッチが感知して機械が止まってしまう。
このように第三者が安全なのだから、現場関係者はまったく危険はないと言っても過言ではない。
人の安全が最優先なのだ。
裏返して言えば、人の安全が脅かされた日には、大変な大騒ぎになり、操業どころの騒ぎではなくなる。
そのことを考えたら、安全にどれだけ注力しても注力し過ぎることはない。
しかしトヨタはその安全に関しても、「お金をかけずに工夫して安全を確保せよ」という指示を出している。
結局、改善が進めば、例えば工程間の在庫なども少なくなり、結果として安全も向上するのだ。
このことを大野耐一氏は口をすっぱくして言われていた。まさに天才としか思えない。
さて、そのようなトヨタの目で世間を見てみると、びっくりするようなことが平然と行なわれている。
<屋根の雪降ろし>
夏の間に屋根に鉄の棒などを設置しておき、雪降ろし作業をする場合は必ず、体とその鉄柱とをロープで結んで行なうようにすることを行政の方で義務づけて欲しい。
誰もが命綱なしに平気で雪の屋根に登って作業している。テレビで見ていてもハラハラする。しかしその行為を誰も何もとがめない。
実際に毎年多くの人が命までも落としている。甘く見ていないか。
<建設工事>
トヨタにも夏や冬の長期連休には、機械納入や工程変更のために、非常に多くの建設作業者が入る。
トヨタの私がいた工場では、課長が交替で建設作業者の作業状態のチェックに回っていた。
私も何度か行ったが、非常に高い所で作業していても、命綱をつけていない場合が多く見られた。
その都度、下から大声で怒鳴って付けさせた。
<漁業関係者>
必ずライフジャケットは付けて欲しい。いくらベテランでも船から落ちることは必ずある。
こういうことも監督官庁がチェックして、作業者に着用させていない雇い主や船長を告発するぐらいのことは必要ではないか。
いろいろな事故がテレビから流れてくる。ライフジャケットを着用していれば、多くの命は救えたのではないか。
しかし現場の漁師さんたちは「そんなもの着ていたら、作業しにくくてしょうがないよ」という本音が聞こえてきそうだ。
そこから、なぜ? なぜ? なぜ?……の真因の追求が始まる。
「なぜ、着用が少ないのか?」「ごわごわして作業性が悪いから」「夏は暑すぎるから」等々いろいろな答えが返ってくるだろう。
「なぜ、ライフジャケットの改良が進まなかったのか?」「需要や要求がなかったから」「なぜ、需要や要求がなかったのか?」
といった調子でどんどん真因へ近づいていく。そして真因に対策を打つ。
もしその対策の効果が出なかったら、もう一度それを問題点と認識してなぜ? なぜ?……を繰り返す。
現代は分からないことだれけだ。
実は、すべての人が、常に、どんなことにも「なぜ? なぜ?……」と繰り返しているのではないだろうか。
それを具体的に意識して、問題点を見つけ出して進めるだけだ。誰にでもできる。