失敗の共有

失敗の共有

失敗や困りごとには皆で助けてあげよう、守ってあげようという雰囲気がありますか?

1.プロフェッショナルになるには?

将棋や囲碁、サッカーやバスケット、テニス、ゴルフのなど、多くの分野で日本人の若い人たちがトップクラスの活躍をしています。

優れた才能に加えて、多くの涙を流しながらの地道な、長い時間をかけた訓練の賜物でしょう。

訓練の結果、奇跡的に正確な判断力や超人的なパフォーマンスを発揮できるようになったのです。

 

マルコム・グラッドウェル氏の著書「天才! 成功する人々の法則」で有名になった経験則があります。

「1万時間ルール」です。

その道のプロフェッショナルになるには、1万時間の真剣な訓練が必要とされています。

たとえ一流のプロになれなくても、真剣な訓練をコツコツと積み重ねれば、分野にかかわらず、誰でも専門的な能力を身につけられるという経験に基づいた法則です。

 

著書中でグラッドウェル氏は、ビートルズが酒場でひたすら演奏していたこと、ビル・ゲイツ氏が学生時代に当時としてはとても長いプログラムを考えていたことを根拠に挙げているようです。

この経験則の真偽は別として、天才といわれる人であっても、努力や訓練抜きの成功があり得ないことは論を俟ちません。

どんな分野であれ、苦労なしに、スキルや技能を獲得できるほど、実践の世界は甘くないでしょう。天才は努力の天才ともいわれるゆえんです。

2.「1万時間ルール」に当てはまらない?

1万時間とは、1日3時間でざっくり10年、また、1日8時間250日稼働で5年です。

つまり、現場で5年、担当職務に熱中すれば、かなりのスキルアップが期待できます。

ですから、現場で5年やっているのに、相変わらず・・・・・・という場合、つまり「1万時間ルール」に当てはまらないとき、何かが欠けていると考えるべきです。

 

では、欠けている何かとは?

2つありそうです。

 

コツコツ積み上げるのは、あくまで「真摯な」「真剣な」訓練です。

ですから、当事者意識が抜けた、ヤラサレ感たっぷりの仕事では、いつまでたっても一流にはなれません。

言われたから、ただ、だらだらとやっている5SやIEは儲けに繋がらないということです。

自主性に基づいた積極的な活動でなければ、目線も高くならず、スキルも上がらず、結局のところ、儲けに繋がりません。

現場活動に自主性が必要とされるゆえんです。

皆さんの現場でやられている現場活動はいかがでしょうか?

 

それと、もうひとつ、これが欠けていると、いくら訓練し経験を積んでも、スキルの向上につながないモノが指摘されています。

それを明らかにする職種があるようです。

3.なぜ、時間をかけても上達しないのか?

興味深いことに、いくら時間をかけて訓練しても、スキル向上につながりにくい職種があるようです。

英「タイムズ」紙の第一級コラムニスト、ライター、マシュー・サイド氏の著書「失敗の科学」のなかで言及されています。

 

「1万時間ルール」は、努力によって熟練できることを教えてくれているわけですが、職種によっては、訓練や経験が何の影響もおぼさないようです。

その職種とは、例えば下記です。

 

心理療法士

大学入試審査員

企業の人事担当者

臨床心理士

放射線科医

 

心理療法士を対象にしたある調査では、免許を持つ「プロ」と研修生との間に、治療成果の差はみられなったようです。

同様の結果が、大学入試審査員や企業の人事担当者でも得られました。

なぜ、このようなことが起きるのか?同著ではゴルフを例に説明しています。

 

ゴルフの練習場で的へ向かって打つときの訓練を思い浮かべてください。

1回1回のスイングに集中して、的に当たるよう、角度やストロークを少しずつ調整しながら、試行錯誤を繰り返すはずです。

では、まったく同じ訓練を暗闇の中でやったらどうなるでしょうか?

おそらくどんなに時間をかけても、上達はおぼつかないでしょう。

 

なぜか?

打ったボールがどこへ飛んで行ったか分からないからです。

角度やストロークの調整をしようがなく、改善のためのデータがなければ試行錯誤もやりようがありません。

 

心理療法士の仕事も似たような状況下にあると指摘されています。

心理療法士の仕事は患者の精神機能を改善することにありますが、治療がうまくいっているか否かの判断基準がはっきりしません。

 
 
治療が成功した患者の精神機能が、その後も良好か、結局失敗に終わったかどうか、知ることが難しいです。

本来評価しなければならない治療の長期的な影響に関する検証ができません。

したがって、心理療法士は、時間をかけて経験を積んでも、臨床判断能力が高まったと実感するのが難しい・・・・・・、暗闇の中でゴルフを練習するのと同じだからです。

 

さらには、放射線科医も同じようです。

X線像を通じて、悪性の腫瘍があると診断しても、その正誤が明らかになるのは、手術の結果が出てからになります。

その頃には新たな患者の診断に取り掛かっており、記憶が薄れた状況になっていて、当時下した判断の検証がやりにくい・・・・・・。

 

腫瘍はないと診断したものの、数年後、その腫瘍が悪化してがんを発病しても、その事実を知らされることはほとんどないようです。

つまり、自分が下した診断が実は誤っていた、ということを知る機会が少ないと考えられます。

 

判断力や診断力を高めには、間違いを教えてくれる「フィードバック」が欠かせないということです。

先に挙げられた職種では、「フィードバック」がやりにくいという点が共通しています。

「フィードバック」がなければ、訓練や経験をどれほど積んでも専門性は高まりません。

皆さんの現場には「フィードバック」の仕組みがありますか?

4.中小製造現場のスキルや専門性を高めるポイント

工程会議や改善会議が「フィードバック」の場になり得ます。生産活動や現場活動の成果や失敗を共有する場です。

特に失敗に対する「フィードバック」が欠かせません。

 

挑戦を現場へ奨励している、ある経営者は「失敗しても、それをやったら失敗することが明らかになった分、成功です」と語っていました。

「フィードバック」で失敗事例の振り返りをすれば、未然防止のヒントを手にします。

失敗事例を共有する雰囲気が現場にあるでしょうか?

 

誰かが失敗しても、その人をみんなで助けてあげよう、という趣旨の言葉を、現場へ繰り返し語っている経営者もいます。

その経営者の現場では、困りごとが発生すると、とにかく皆でなんとかしようと考えるようです。

ですから、失敗した人や困った人がいたら皆で守ってあげようという自然な雰囲気があるとも語っています。

 

こうした現場では日々、気軽に、失敗へのフィードバックがなされているようです。

ですから、その現場でのPDCAは、確かに早いと感じます。

失敗は隠すものではなく、皆で共有して、学ぶものだという思考回路が定着しているのです。

現場活動の「フィードバック」が気軽になされ、ドンドン、前へ進んでいます。

その結果、現場活動のスキルや専門性が高まり、儲かる現場活動が機能するのです。

 

「現場には問題がないので、今のままでもいいのではないか」と考える現場には想像がつかない雰囲気かもしれません。

「現場には問題はない」と思い込んでいるのは内部の人間だけです。

これは、自分たちの誤りや足りないところを指摘されたくないという気持ちの裏返しでもあります。

 

こうした現場では、いわゆる否定語を耳にすることが多いです。

「・・・できない。」「・・・やっても無駄。」「・・・の時間がない。」

なぜこうした反応になってしまうのか?

 

先の経営者の言葉を借りれば、次のように表現できます。

失敗したとき、守ってくれる人がいないから、否定語で自らを守っている・・・・・・。

こうした現場で絶対にできないのが「フィードバック」です。失敗は極力隠され、共有されないからです。

 

そして、その結果どうなるのか?

マシュー・サイド氏が語っているように、訓練や経験をどれほど積んでも専門性は高まりません。

つまり、いつまでたっても儲かる現場活動ができないのです。

ですから、経営者や管理者は、現場と語り、問題点や失敗の共有を図る必要があります。

これをやらない限り、どんな活動をやっても果実を生み出すことはありません。

失敗しても、自らを守ることは不要、失敗を堂々と語るよう促すのです。

  

暗闇でゴルフをやるのをやめて、小さくてもいいので、明かりを照らしませんか?

「フィードバック」のみが、訓練や経験を価値あるスキルや専門性に変換してくれます。

そのためには、失敗を共有する仕組みづくりが大切であり、それには、失敗や困りごとには皆で助けてあげよう、守ってあげようという雰囲気づくり欠かせません。

 

失敗を前向きに、明るく語る工場長や現場リーダーが、作業者に安心感を与えます。

なぜなら、そうした工場長や現場リーダーは、作業者の失敗を個人のせいとはせず、仕組みに問題があると考えるからです。

皆さんの現場ではどうでしょうか?

5.1万時間ルールの前提条件

訓練や経験を価値あるスキルや専門性へ変換したければ、「フィードバック」をしっかりやります。

そのための「失敗の共有」であり、そのための「失敗や困りごとには皆で助けてあげよう、守ってあげようという雰囲気づくり」です。

こうした思考回路を現場へ埋め込みます。

失敗を共有する思考回路を埋め込んで、「フィードバック」の仕組みをつくりませんか?

 

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製造業専門の工場経営コンサルタント。金属工学の専門家で製造/生産技術、生産管理、IEにも詳しい。エンジニアの視点で課題を設定して結果を出し、工場で儲ける仕組みを定着させることを得意とする。コア技術の見極めに重点を置いている。 大手特殊鋼メーカーで20年近く、一貫して工場勤務。その間、エンジニア、管理者としての腕を磨く。売上高数十億円規模の新規事業の柱となる新技術、新製品開発を主導し成功させる。技術開発の集大成として多数の特許を取得した。 その後、家族の事情で転職し、6年間にわたり複数の中小ものづくり現場の管理者を実地で経験した。 大手企業と中小現場の違いを肌で理解しているのが強み、人財育成の重要性も強調する技術系コンサルタントである。 技術立国日本と地域のために、前向きで活力ある中小製造企業を増やしたいとの一念で、中小製造業専門の指導機関・株式会社工場経営研究所を設立。現在、同社代表取締役社長。1964年生まれ、名古屋大学大学院工学研究科前期課程修了。技術士(金属部門)