全体最適を部分最適の制約と感じないモノづくりの心

全体最適を部分最適の制約と感じないモノづくりの心

現場では部分最適と全体最適の両方の視点をもっていますか?

1.鳥養氏の話:部分最適と全体最適

航空機業界では、国産機開発が話題に上るようになりました。小型旅客機MRJ(三菱リージョナルジェット)やホンダジェットです。

国内航空機業界の基盤技術は、過去の蓄積、実績に支えられているようです。

象徴的な航空機として双発旅客機YS-11が思い浮かびます。2006年まで国内で旅客機として使われていた戦後初の国産旅客機です。

 

さらに、1970年代、マッハ1.6の超音速機も日本人が独自に開発したそうです。

三菱重工業が開発した航空自衛隊の高等練習機T-2がそれです。すでに現役は引退していますが、このT-2は、日本が初めて開発した超音速航空機です。

この三菱T-2の設計を始め、YS-11などの設計に携わった技術者のインタビュー記事があります。

 

今も航空評論を書き続けている鳥養鶴雄氏です。

『日本経済新聞』2016年4月2日に掲載されていました。

長年、モノづくりに関わってきたことを踏まえ、ご自身の経験や考えを語っていらっしゃいます。全体最適と部分最適について、とても参考になる話です。

 

「今の航空機は設計に多くの技術者が関係するので、個人が発想できる範囲は狭いと考えがちです。

けれどそれは違います。

全体を見回し、自分の分野が、全体にどう影響するのかを常に考えるべきなのです。それがなければ面白くないでしょう。

 

私はYS11などで尾翼の設計をしましたが、尾翼は全体に大きく関係します。

大切なのは常に全体を見回す心。

これは、航空機にとどまらず、モノづくり全般に通じることです」

(出典:『日本経済新聞』2016年4月2日)

 

部分最適と全体最適は決して対立する考え方ではなく、両者は密接に関連しているということです。

部分最適は全体最適のための制約条件と考えるのではなく、全体最適のための必要条件と考えます。

そうでないとせっかくのモノづくりも面白くないです。

 

さらに興味深いのは、“大切なのは常に全体を見回す心”であると表現しているところです。

“心”と表現しています。

スキルとかルールではない。つまり、自然とそうする姿勢が大切である、ということではないでしょうか。

 

全体の整合性を取るのは、プロジェクトリーダーです。

だからといって、各担当者が部分最適の姿勢にとどまると成果も限定的です。

全体が統合された時点で最良のモノは出来上がらないでしょう。プロジェクトリーダーは調整役に始終してしまいます。

 

プロジェクトリーダーの本来の仕事は、付加価値を生み出すよう全体を演出すること。

各担当者の成果を組み合わせて、シナジーを生み出すことです。

つまり、1+1が3にも、4にもなるように各担当者へ働きかけることです。そして、各担当者もリーダーの意図を汲む必要があります。

 

各担当者が全体最適の意識を持っていなければ、当然、ベクトルが合いません。

いきおい、リーダーは1+1が2以下にならないようことに注力します。調整し、修正し、変更することにエネルギーが割かれてしまいます。

プロジェクトリーダーは付加価値の創出を演出するどころではありません。

 

各担当者は、プロジェクトリーダーの立場を想う“心”づかいも大切です。

全体最適のための部分最適を果たせば、リ―ダーの創造性が発揮されやすい環境ができあがります。極めてレベルの高いモノづくりができます。

鳥養氏は“心”と表現した背景には、こうしたチームワークの大切さもあるのではないでしょうか。

2.モノづくり現場での部分最適と全体最適

モノづくり現場も全く同じです。

工程毎に部分最適を図り、工場全体を貫く全体最適を狙います。

そのための判断基準として各工程の指標や付加価値を活用します。

 

各工程が前後工程や工場全体の事情を配慮する環境整備が大切です。

全体最適化を制約条件と捉えないモノづくりです。自工程で改善であっても、後工程はそうならないことが多々あります。

製造安定性や組み立て容易性が前後工程で相反することもあります。モノづくり上の意思疎通が極めて重要です。

 

各工程のキーパーソンは現場リーダーの立場で全体最適を実現させる部分最適を常に考えます。

すると、全体を取りまとめる現場リーダーの仕事のレベルが上がります。

そうして使命感に燃えたチームワークを機能させるのです。

 

その結果、エネルギーを食う割には、全く付加価値を生まない“調整”業務が減ります。

貴社の現場で調整作業はどの程度ありますか?

そもそも、“調整”業務は、“マイナス”を減らすためにやります。したがって、こうした業務が発生しない、発生させない仕組みづくりも欠かせません。

 

モノづくりでは、簡単に目標が達成できなくて苦しいこともあります。

試行錯誤も含め、あれやこれやと工夫も必要です。

その過程は楽ではないですが、製造業ならではのやりがいもたくさんあります。

 

こうした生みの苦しみを“楽しめる”環境づくりは、経営者の重要な仕事です。

部分最適と全体最適の自然と考える現場になります。

そして、現場は全体最適の制約条件を乗り越えること自体に面白さを感じます。困難を乗り越え、成果を喜ぶ仲間の顔を見たいと思うようになるのです。

 

各工程が前後工程および工場全体を常に見回す“心”を自然と持つことと環境整備が大切です。

3.鳥養氏の話:技術者は誇りを忘れないで欲しい

モノづくりを仕事にしている楽しさのひとつに、成果を実体で実感できることがあります。

“おもてなし”という表現に代表されるように無形のサービスも付加価値を生み出します。

観光立国も日本の目指すべき姿のひとつです。

 

サービスを提供して喜ぶお客様の顔やお礼のメッセージが、働きがいの源になるでしょう。

今後、ますます、需要が高まると予想されるサービス業の重要性は理解できます。

それでもなお、モノづくりに携わり、成果が世に出て、手に取って目で見えることの喜びも大きいことは、今後も変わりません。

 

自分が開発に携わった自動車部品が世の中に出回ったときも、そう感じました。

街中を走る車に装着されているのを見ると、なんか世の中に役に立っているなぁと実感したものです。

特別に喜びの声を耳にするわけではないですが。

 

自分が造った製品を市場で目にできる、というのはモノづくりに携わる人間にとって最高の報酬です。

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モノづくりに真剣に取り組んだ技術者・技能者ならば誰でも理解のできる感覚です。

鳥養氏も、ご自身の経験を次のように語っています。

 

「少し前、民間航路から引退する直前のYS11が、奄美大嶋の空港に着陸した姿を見て胸が詰まりました。

プロペラが止まり、ドアが開き、自動タラップが延びて乗客が降りてきます。

親子連れもいれば年配の人もいて、にこにこと出迎えの人に手を振ります。

 

YS11の尾翼やタラップは、若い私が設計しました。

人の役に立っているなぁ、旅客機は素晴らしいなぁ、と感じ、誇りがこみ上げてきました」

(出典:『日本経済新聞』2016年4月2日)

 

情景が目に浮かびます。

小売業やサービス業とは異なる、成果をモノで実感できる製造業ならではの喜びを感じる機会とは、まさにこんな時でしょう。

 

「苦労が実を結び、自分が関係した機体が飛ぶのを見るのはうれしいものです。

その気持ちは、自分が作った紙飛行機や模型飛行機が良く飛んだときと同じ。

最初はあまり飛ばなくても、手を加えてよく飛ぶようになってくれば、『母さん見ててくれ』という気持ちになる。

 

そして、できたものが人に役に立つ。

それを誇らしいと感じる心。

技術者誰もが大切にしなければならないものです」

(出典:『日本経済新聞』2016年4月2日)

 

実績を上げた技術者の方の言葉です。

モノづくりの根底には、人の役に立ちたいという気持ちがあります。

モノづくりの本質は、人に役に立ちたいという自然な気持ちです。

 

常に全体を見回すこころを持てる環境の整備をさえすれば、モノづくりはうまくいきます。

付加価値創出に向けての課題です。

部分最適と全体最適の両方の視点を持てる環境の整備をしませんか?

出典:株式会社 工場経営研究所 伊藤哉技術士事務所


製造業専門の工場経営コンサルタント。金属工学の専門家で製造/生産技術、生産管理、IEにも詳しい。エンジニアの視点で課題を設定して結果を出し、工場で儲ける仕組みを定着させることを得意とする。コア技術の見極めに重点を置いている。 大手特殊鋼メーカーで20年近く、一貫して工場勤務。その間、エンジニア、管理者としての腕を磨く。売上高数十億円規模の新規事業の柱となる新技術、新製品開発を主導し成功させる。技術開発の集大成として多数の特許を取得した。 その後、家族の事情で転職し、6年間にわたり複数の中小ものづくり現場の管理者を実地で経験した。 大手企業と中小現場の違いを肌で理解しているのが強み、人財育成の重要性も強調する技術系コンサルタントである。 技術立国日本と地域のために、前向きで活力ある中小製造企業を増やしたいとの一念で、中小製造業専門の指導機関・株式会社工場経営研究所を設立。現在、同社代表取締役社長。1964年生まれ、名古屋大学大学院工学研究科前期課程修了。技術士(金属部門)