作業者のミス|元トヨタマンの目
作業者がミスを起してそれが後工程へ流れていって問題になったような場合、そのミスをした作業者を叱る管理者がいる。
「また、こんなミスをしたな。こういうことはやってはいけないと言ってあったじゃないか。何度同じミスをすれば気がすむのだ」
人間なんてミスをするのは当たり前だ。
どんなに注意していたところで、ちょっとした気の緩みでミスは起してしまう。
だからどんなに大声を出して叱っても、それに反応してその当初は確かに緊張してやるかも知れないが、人間である限りいずれその緊張は緩む。
結局人間なんか、はなから信用しない方がいいのだ。信用して、何とかその人の注意力に頼ろうとするから、大声になってしまう。
管理者の方で「いや、そんなことはない」と思われる方があったら、ご自分で一日中実際に作業をしてみればいい。
人の注意力に全面的に頼らない方策
責任の明確化
作業者は作業を実施する
ミスが起きてもしょうがないと考える
チェック:
作業者以外の人にさせる。チェックだけなら、作る作業ではないのだから簡単だろう(経理部の時は係長がやっていた)。
チェックでミスが発見された場合:
作業者へフィードバックされ、作業者は再発防止をする(作業者は何も叱責されることはない。しかしあんまり何度もやればアホかということになってしまう)
チェックマンがミスを見逃した場合:
チェックマンがさぼっていたとみなされ叱責される(作業者は再発防止するだけで何も問われない)
ポカヨケの設置
治具にジャマ板などを取り付け、種類が違う部品をセットしたら、セットできないようにする。
シューターなどを製品ぎりぎりにして、異種類や不良品が来たら通れないようにする。
結局チェックマンなんて工数がかかるから、次の工程の作業者の標準作業に組み込んだり、このポカヨケの設置などにより工程の中を部品が流れれば自動的に不良が発見できるようにしてしまう(品質の工程での作り込み)。
作業者はその人の注意力の範囲で一生懸命頑張ればいいだけになる。
注意力が低い人がやっても、チェックマンやポカヨケに助けられて、不良をつくってもそれを見つけだされるようになるし、さらに進化させれば不良をつくらなく(つくれなく)なる。
このような体制を作ることが、管理者に課せられた責務である。このような管理者こそ、作業者から真に慕われるのだ。
名ばかりの管理者よ、去れ。