中小現場はホンダの生産体質改革にスピードで勝てる

中小現場はホンダの生産体質改革にスピードで勝てる

ホンダが生産体質改革をグローバルに展開したのと同じように、現場で標準化を進め、成長を促してやる気を引き出す、という話です。

1. グローバルで技術が共通化されるメリット

国内企業が海外拠点で生産活動を立ち上げるにあたり、国内の技術者が支援のために派遣されるケースが多いです。

国内の工場はマザー工場の役割をします。

マザー工場で技術開発、製品開発を進め、その成果を海外拠点へ技術移管する。

 

生産ラインに適用される製造技術と生産技術が、国内、海外で共通化されれば、管理コストが当然に小さくなります。

特に設備トラブルへの対応の幅を広げることができます。

海外拠点でトラブルが発生した時、国内工場、技術者の経験やノウハウを活用できます。

 

また、設備仕様の共通化を図っていれば、グローバルで設備部品を在庫できます。

最小の在庫で国内外の工場へ対応が可能です。

同じ仕様で生産活動を開始しても、国内外での設備の使い方に関しては細部での差異が避けられません。

 

ですから、原則、同一仕様の設備をグローバルで展開した方が、その後の手間は圧倒的に省けます。

特に金型技術は、それを使っている現場の個性が出る。

同じ金型を使用しても国内外で差異が出やすい技術のひとつです。

 

アルミニウム合金の金型鋳造で経験したことがあります。

プレス、鍛造、射出成形などいろいろな加工技術で使われる金型。

金型から最上のパフォーマンスを得るためのキモは、各種加工法で異なります。

 

アルミニウム合金の金型鋳造では700℃の高温域でも金型がしっかり閉まること。

閉まらないことには溶けたアルミニウム合金が漏れて生産ストップです。

復帰には少なくとも1時間程度、場合によって半日の時間がかかる。

 

ということで高温域で金型をしっかり閉めることに現場は執念を燃やします。

新たに開発した金型を海外生産拠点へ送ったことがありました。

生産で使用した際に、高温域でしっかり閉まらない問題が発生しました。

 

当然、国内生産拠点でも経験済みでした。

そこで、対応ノウハウを伝えましたが、それでも解決しきれない。

現地へ行って現場と話をしました。

 

現場の話では、日本から届いたやり方をしたがうまくいかなかった。

そこで、現場の考えに沿って対策を進めました。

議論を重ねた結果、現地独自のやり方で結論が出ました。キモになるノウハウで国内と海外で個性が出た事例です。

 

モノづくりに携わる技能者や技術者は自分のノウハウや技術にこだわります。イイ意味で頑固な一面も持っています。

全てはイイモノのを造りたいという気持ちの表れであり、生産拠点による技術の個性もアリだと納得しました。

ある意味で「技術」も「人」と同様に、生モノです。

 

金型の基本構造は同一だったので、まだ、海外の現場と同じ土俵で議論ができました。

これが、海外拠点が独自に開発した金型だったら、全く手も足も出なかった!

技術共通化のメリットです。

2. ホンダは世界の各工場の成長を生かそうとしている

ホンダもグローバルの生産基盤を共通化しています。

「生産体質改革」は2000年頃に始めた生産技術と製造技術の改革です。

その取り組みで需要に応じた柔軟な生産ラインを組み上げることを目指しました。

日本のマザー工場である鈴鹿製作所で技術を確立させた後、世界の工場へ展開していきました。

生産設備の仕様や使い方を統一したり、作業者の負荷を軽減する人間工学を取り入れた作業方法を導入しています。

その結果、現在は環境や安全に関する規制が似ている日本と米国、欧州の間で相互補完の生産体制が構築されました。

 

生産設備の仕様が統一されている世界中の工場で生産できる車種を増やせば、需要変動へグローバルに対応ができ、機会損失を減らせるわけです。

ところが、「生産体質改革」を開始してから15年以上経過した今、北米、タイを筆頭にして世界各地域の工場で大きな変化が起きています。

世界各地域の工場がそれぞれ独自の生産技術や製造技術を持ち始めました。これを「地域の自立化」とホンダは呼んでいます。

 

ホンダでは、日本発の「生産体質改革」で決めた共通部分を守ってもらいつつ、世界各地域の独自性を生かすことにしました。

独自性を認めず、世界中で全てを日本流の造り方で統一すれば、グローバルで生産効率は一層高まり、世界への技術展開も楽です。

ただ、ホンダはそうしません。

 

そうしない理由を次のように説明しています。

1)世界各地域のニーズを満たすクルマを造りやすくため

2)世界の従業員の成長を促すため

 

地域のニーズは現地に働く従業員がよく把握している。

現地のことは現地に任せるということです。

また、取締役専務執行役員の山根庸史氏は次のように語っています。

 

「(ホンダでは)ボトムアップを大切にする。

汗をかいて懸命にものを造るのは現場の作業者であり、生産技術や製造技術の知恵はそうした現場から生まれてくる。

失敗も許容する。だから人も育つ」

(出典:『日経ものづくり』2016年3月号)

 

グローバルに人を育てる視点が明確です。

現場からやる気を引き出すことがイノベーションの源泉であることをホンダは理解し、それを実践しています。

ホンダでよく耳にする「ホンダらしさ」の追究は自律性、自発性が全てです。

 

指示されるだけでは「ヤラサレ感」だけ。

「ボトムアップ」からは程遠い状況に至ります。

(出典:『日経ものづくり』2016年3月号)

3. ホンダの生産体質改革にスピードでは勝てる

世界各地域で技術の独自を認めると、自らのやり方にこだわり過ぎ、全体最適の視点を見失いかねないことが、ホンダでは問題になり始めました。

そこで、ホンダでは、自由度を残しつつ、共通化しなければならない部分を改めて明確化する取り組み「生産体質改革Ver.2」をこれから進めようとしています。

共通化と自由度のバランスを図るということ。

 

共通化と自由度の境界線をどのように引くのか、知恵の絞りどころです。

(出典:『日経ものづくり』2016年3月号)

 

さて、2000年からホンダが進めた「生産体質改革」の流れは中小モノづくり工場でこそ参考になります。

ホンダのグローバル対応を現場で展開できます。

「生産体質改革」は、現場における標準化に他なりません。

 

標準化を図って、それを文書にして見える化をして、徹底的にそれを実践する。

まず、標準化です。

これができないと話になりません。

 

現場の生産技術と製造技術、技能とノウハウを知り尽くしていないと標準化は絶対にできません。

現場の今を把握することが肝要です。

そして、それを現場で自主的に遵守する風土を醸成していく。

 

作業標準票をガンバってつくったはいいが、そのままお蔵入りではモッタイナイ。

現場が相互に注意し、助け合う文化がないと、ホンダのように次のステップへ進むことができません。

 

標準化された作業を繰り返すと独自性を発揮したくなります。

より効率のイイ工夫やアイデアが浮かびます。標準化された作業の周辺で、自主的に知恵を絞りたくなります。

そうなってきたら、管理者は現場のことは現場に任せます。

 

標準票の改訂や新規作成を管理者ではなく現場に任せる。

現場のことは、現場がいちばんよく知っています。

自律性、自発性を重視して、現場からやる気を引き出します。

 

指示のみで現場を動かすのではなく、自主性に基づいて現場に動いてもらう手法も織り交ぜる。

従来のやり方と新たなやり方が交錯する領域で付加価値が生まれます。

ベン図の考え方です。

 

標準化と自発性のバランスを取りながら現場で汗をかく。

ホンダは「生産体質改革」をグローバルに展開してから人財が成長し、各地で独自性が発揮されるまで15年要しています。

一方、中小製造業の現場は50名〜100名規模です。

 

規模から考えれば、標準化を進め、成長を促すスピードはホンダに勝てます。

小回り性や柔軟性、機動性はおもいっきり強みだからです。

また、標準化と自発性のバランスも極めて重要です。

 

中小現場によっては、自発性100%の方針を慎重に掲げる必要があります。

現場丸投げの状態に陥りやすいからです。

ホンダの事例とは異なり、中小の現場では、標準化の意識を優先させた方が、イイ場合もあることに留意します。

 

従来までの仕事のやり方を踏まえると、標準化70%、自主性30%くらいのバランスを必要とする現場が多い……。

バランスさせる割合は、当然、会社ごとの組織文化や風土に従います。

まとめ

ホンダが生産体質改革をグローバルに展開したのと同じように、現場で標準化を進め、成長を促してやる気を引き出す。

出典:株式会社 工場経営研究所 伊藤哉技術士事務所


製造業専門の工場経営コンサルタント。金属工学の専門家で製造/生産技術、生産管理、IEにも詳しい。エンジニアの視点で課題を設定して結果を出し、工場で儲ける仕組みを定着させることを得意とする。コア技術の見極めに重点を置いている。 大手特殊鋼メーカーで20年近く、一貫して工場勤務。その間、エンジニア、管理者としての腕を磨く。売上高数十億円規模の新規事業の柱となる新技術、新製品開発を主導し成功させる。技術開発の集大成として多数の特許を取得した。 その後、家族の事情で転職し、6年間にわたり複数の中小ものづくり現場の管理者を実地で経験した。 大手企業と中小現場の違いを肌で理解しているのが強み、人財育成の重要性も強調する技術系コンサルタントである。 技術立国日本と地域のために、前向きで活力ある中小製造企業を増やしたいとの一念で、中小製造業専門の指導機関・株式会社工場経営研究所を設立。現在、同社代表取締役社長。1964年生まれ、名古屋大学大学院工学研究科前期課程修了。技術士(金属部門)