ロケット開発でも顧客視点が欠かせないとは驚いた
現場のノウハウや過去の製品開発プロセスはその工場が持つ貴重な情報的な経営資源であることを忘れない、という話です。
1.宇宙開発、ロケット開発のイメージと現実
宇宙開発、ロケット開発。
どのようなイメージを持っていますか?
国の予算で、まずはコストを気にせず技術の発展を優先させて……という時代ではありません。
その昔、宇宙開発やロケット開発がまだ「夢」物語りのように語られていた時代なら技術者はひたすら欧米の技術レベルに追い付き追い越せとばかりに、純粋に技術的課題にのみ向き合っていたかもしれません。
しかし、今、既に宇宙開発やロケットはビジネスのひとつにとなっています。
ですから、技術開発を進めるにしてもしっかりとしたビジネスモデルを構築しないといけないようです。
宇宙開発利用の拡大に向けた資金を開発者自ら確保する必要があります。
そのために、製造業で一般的に言われる、コスト削減やリードタイムの短縮などを積極的に行わなければなりません。
2.日本の新しい主力ロケット開発H3
2020年度に試験機1号機の打ち上げを目指して宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発を進めている日本の新しい主力ロケットがあります。
現行の「H-ⅡA」「H-ⅡB」から大きく基本コンセプトの見直しを図る「H3」です。
コストも準備期間も半減を狙っています。
プロジェクトリーダーの岡田匡史氏は次のように語っています。
日本における宇宙開発・利用を促進するには、この宇宙輸送のコストを下げることが不可欠といえます。
しかし、宇宙輸送を担うロケットの製造メーカーや打ち上げサービスの事業者の視点に立てば、単なるコスト削減では産業規模が縮小するだけです。
そこで我々は、それらの企業の方々とともに新しいロケットのコンセプトをビジネスモデルから考えました。
例えば、打ち上げるロケットの機数を変えずにコスト(単価)を半分にすると、トータルの事業規模は半減します。
売り上げを増やしていくには、打ち上げる機数を大幅に増やすしかありません。
ロケット開発も今や夢物語ではなく全くのビジネスとしてとらえる必要があるようです。
製造業一般の事業展開と同様な視点を持たねばプロジェクトは成功しません。
さらに、岡田氏は「H3」ロケットを開発するにあたって2つのことに言及しています。
1.打ち上げサービスの柔軟性向上
2.運用の経験をフィードバック
こうした考え方は、製造業に携わる人間にとっては、当たり前です。
しかし、こうした考え方、発想が「ロケット開発」「宇宙開発」事業でも必要とされていることに新鮮さを感じました。
製造業の目的は、モノを造ることではなく、コトを造ること。
顧客あっての商売である以上、造るモノが大きかろうが小さかろうが、あるいは技術の最先端のものであろうが日常品であろうが、事業を成功に導く考え方は同じであることに気が付きます。
2-1.打ち上げサービスの柔軟性
ロケットメーカーにとっての顧客は、人口衛星を使ってビジネスをしようとしている人々です。
こうした人々は自らの事業計画の中でその人工衛星を打ちあげるタイミングを決めています。
ですから、顧客が希望する打ち上げ時期を実現させることができれば顧客の満足度は高まります。
ロケットを打ち上げる側の事情ではなく、顧客のニーズに合わせて打ち上げスケジュールを決められる仕組みがサービスの柔軟性を実現させます。
そのために何をするのか?
射場での準備時間を短くすることに取り組むそうです。
現行の主力ロケットであるH-ⅡAでの実績では、1機打ち上げてから、次のロケットを打ち上げるまでに要する期間は最短53日でした。
H3ではそれを半分以下にしようとしています。
具体的には、2つのことに取り組みます。
射場における、
・機体の組み立て作業
・機体の機能点検
の期間短縮を、様々な工夫の積み重ねで実現させます。
ここで生きてくるのが「現場の経験」だそうです。
科学の粋を集めたロケット打ち上げを支えているのも「現場の技能」ということ。
現場の力は偉大です。
こうして射場での準備期間を短縮できれば、射場が空いている期間が増え、顧客が望む打ち上げ時期を実現できる可能性が高まります。
さらに、期間短縮はコスト削減にも直結します。
上記の岡田氏の話は生産現場でいうトコロのリードタイム短縮のことであり、少量多品種化、マスカスタマイゼーションへつながる効果と同様な効果を描いています。
さらに、ロケットのモジュール化も導入するそうです。
ロケットのモジュール化って何? という感じです。
第一エンジンの基数と固体ロケットブースターの本数の組み合わせを自由に選択できるようにしました。
打ち上げる人工衛星の重量に応じた出力を組み合わせて選択できるようにしました。
そうすると、発射直前で、人工衛星の方にトラブルがあって、人工衛星の打ち上げ順が変更になり、仮に当初より重い人口衛星を打ち上げることになっても、固定ロケットブースターを1本追加すれば対応できるとのこと。
レゴブロックのような感じで、取り付け外しができるイメージでしょうか。
なんとも、スケールの大きなモジュール化です。
2-2.運用の経験をフィードバック
H3を開発するに当たって最大の財産となるのはH-ⅡA、H-ⅡBのシリーズを合計30機以上運用してきた実績だそうです。
これまでのロケット開発の目的は「ロケットを進化させる」ことでした。
そのため、同一仕様のロケットでは10機に満たない運用となり、次々と仕様を変えたロケットを打ち上げては、技術の進化を図っていきました。
その結果、技術の積み上げはできたのかもしれませんが、同一仕様での運用実績・経験が十分に得られなかったようです。
それに対してH-ⅡA、H-ⅡBのシリーズで、初めて「運用」の経験をしっかり積むことができました。
岡田氏の言葉は、次のように語っています。
H-ⅡA、H-ⅡBは、まさに我々が「運用を知り尽くした」ロケットです。
製造と運用の現場からフィードバックの量や質が、従来とは比較にならないほどに向上しました。
このようなフィードバックがロケット開発に生かされるのは、H3が初めてだと思います。
例えば、ロケットを製造して分割した状態で輸送し、種子島で組み立てる際にどんな作業に手間取っているのかを知ることで、どのような道具があればスムーズに作業が進むか、作業順番をどう変更すればよいのかというアイデアがでてきます。
岡田氏の言葉は、我々にも、しっくりきます。
運用実績を生かすという点で、設計手法も運用コンセプトをかなり反映させています。
「このロケットをどう使うか」という部分を最初に決め、その使い方ができるシステムを設計するという考え方を採用しているそうです。
(出典:『日経ものづくり』2016年1月号)
まさに、使う側のニーズを反映させた、顧客視点の商品開発。
一般消費者向け商品と同じような考え方でロケットも開発されているとは、驚きました。
宇宙開発にもグローバルのコスト競争があるということです。
現場のノウハウや過去の製品開発プロセスはその工場が持つ貴重な情報的な経営資源です。
こうした経営資源を棚卸して、活かすべき情報を探ることも大切です。
まとめ。
現場のノウハウや過去の製品開発プロセスはその工場が持つ貴重な情報的な経営資源であることを忘れない。