モノづくりのシステム運用に磨きを掛ける
1.巨大な赤字に直面している自動車業界
あらゆる産業がコロナ禍の影響を受けています。自動車業界も例外ではありません。主要自動車メーカー各社の2020年4月~6月期最終損益を見れば明らかです。
日産 2,855億円赤字
ホンダ 808億円赤字
スバル 77億円赤字
マツダ 667億円赤字
三菱自動車 1,761億円赤字
4半期でこれだけの赤字です。
海外メーカーも例外ではありません。
GM 800億円赤字
VW 2,000億円赤字
ダイムラー 2,500億円赤字
’20年の年初、世界の年間自動車販売台数を9,000万台と予測していた自動車業界ですが、コロナ禍の影響を受け受け、7,000万台を割り込みそうです。2,000万台分、2割以上がいきなり消えます。
もともと、若者の自動車離れや所有を優先しなくなった消費者の価値観変化で需要減少という課題に直面をしていました。そこに今回の出来事です。生き残りを掛けた知恵比べが始まります。
2.トヨタ自動車一強
さて、先のリストにトヨタ自動車がありません。トヨタ自動車の2020年4月~6月期最終損益はどうだったのか?
トヨタ自動車 1,588億円黒字
トヨタだけが突出して圧倒的な結果を残しています。文字通りトヨタ一強です。(ちなみに他の黒字自動車メーカーではスズキが18億円黒字。)
平時なら、年間2兆円の純利益を生み出す基礎体力を持っている企業です。四半期平均5,000億円になります。3割程度にとどまっていますが、誰も経験したことがない世界規模の非常事にあってなお、黒字を確保できる底力はすごいです。
3.負けに不思議の負けなし。勝ちにも不思議の勝ちなし
同業他社との差がここまで大きいと、何かあるのでは?と考えたくなります。
「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし」という言葉があります。江戸時代中・後期の大名、松浦 清が著わした剣術書『剣談』のなかで語られている言葉です。プロ野球の名将、野村克也氏がこの言葉をたびたび引用していました。
勝っても、それはたまたま運がヨカッタのかもしれない。偶然、勝てたということはある。しかし、負けるときには必ず、そうなる原因があるのだ。こんな主旨の言葉です。
赤字メーカーに、そうなる原因があるというのは腹落ちします。偶然、赤字になったわけではないでしょう。サプライチェーンがズタズタになる危機への対応ができていなかった、なんだかんだと言って売れる新車が少なかった、製販一体の取り組みに落ち度があった、等々何か理由はあるはずです。
一方、黒字を確保したトヨタ自動車。たまたまや偶然の黒字でしょうか?そうではないのは明らかです。儲けようと、具体的に行動したから、非常時でも黒字を確保できた。こうした事態に直面しても収益を確保できる基礎体力があったからです。
「負けに不思議の負けなし。勝ちにも不思議の勝ちなし」です。
4.トヨタは同業他社と何が違うのか?
トヨタ自動車は同業他社と何が違うのか?と考えたくなります。
・トヨタ自動車だけに優秀で才能あふれる人材が集まるからでしょうか?
これだけの有名大企業です。入社を希望する若手や中途人材は少なくないでしょう。ただ、トヨタだけがということはないはずです。
・また、トヨタだけが突出した技術力を持っているのでしょうか?
車の基本性能「走る」「止まる」「曲がる」でトヨタが抜きん出ているわけでもありません。「日産の技術水準は高い」とは、しばしば耳にする言葉です。
ティア1で自動車部品製造に携わっていた時代、実際、耳にしました。「技術の日産」のキャッチコピーは伊達ではないようです。ただ、その技術の日産は2,000億円を超える赤字なのです。日産だけではなくトヨタもホンダも、同業他社も独自の技術力を持っています。
コロナ禍で、国内のみならず、海外の同業他社も巨額の赤字を計上しています。トヨタだけが一定規模の収益を出せる原動力はどこにあるのか?大変興味深いことです。
企業の実力値は、平時よりも、非常時に現れると言いいます。コロナ禍の非常時でも結果を残せるトヨタの強みとは何でしょう。
素朴なことですが、次の2つが浮かびます。
・仕組み
・チーム力
トヨタ独自の「仕組み」と「チーム力」が、非常時でも、収益確保において、同業他社を凌駕する原動力を生み出しているのではないでしょうか?
5.モノづくりのシステム運用
製造現場には、小売業や宿泊業、飲食業、各種サービス業と異なる点があります。規模の大小を問わず、素材に価値を加える、「高度」で「複雑」な「システム」が必要なことです。
素材に価値を加えるだけなら飲食業も同じです。そうした「システム」を持っています。ただし、製造業の「システム」が持つ複雑さには及ばないでしょう。
外に連なるサプライチェーンがあり、現場においても複数工程の連携が求められます。多くの人が係わり、人情、浪花節的なところも否めません。
また、技術で戦っているので、技術革新が現場を一層、複雑なものにしています。そう考えると、トヨタはモノづくりのシステム運用に長けていると言えるのかもしれません。
製造現場には、その現場特有の匂いや雰囲気があります。自由闊達なのか?その逆なのか?コミュニケーションが活発な雰囲気なのか、その逆なのか?
行き着くところ、その企業ならではの良い人間関係が問われます。良い人間関係の元に、優れたシステムがあれば、仕事はドンドン回るわけです。製造現場を経験した方なら肌感覚で理解できることだと思います。
モノづくりのシステムを「仕組み」と「チーム力」で上手に運用している。な~んだ、そんなことかと考える向きもあるかもしれませんが、シンプルなだけに本質を突いているのではないでしょうか?
6.トヨタの「仕組み」
これは、もう言わずと知れた「トヨタ生産方式」。
・自働化
・ジャストインタイム(JIT)
この2本柱です。
トヨタでスゴいのはこれらが徹底されていることです。それに付随して「カンバン」「アンドン」「標準作業3要素」などがあります。
文字通り、共通用語となっていて、現場でやることが明らかです。トヨタの関係者が口を開くと、必ず共通用語が出てきます。昨年、トヨタの関係者と仕事をしたときもそう感じました。
ベクトルを揃えて現場活動を進めたいとき、欠かせないのは共通用語です。生産性を高めようとしたとき、何をどう考えるのか?分母を減らすのか、分子をふやすのか?共通用語がなければ意思統一ができません。
通訳不在の国際会議のようなものです。ワイワイガヤガヤやるものの、意思が伝わりにくいのでベクトルが揃いません。
その点、トヨタでは、どこの工場へ行っても、効率良い現場活動が可能なはずです。共通用語があり、思考回路が共有されています。儲かる仕事のやり方、収益化のプラットフォーム、儲かるモノづくりの定跡や定石が共有できているのです。
納期遵守は絶対です。ただし、「納期さえ守っていれば問題ないだろう。」という思考回路だけでは生き残れません。
納期遵守や品質維持は、お客様に選ばれる条件ではなく、製造業で食べていく前提条件にすぎなくなったからです。競合先、同業他社も納期遵守や品質維持はやっています。同じことをやっていても儲からないのは商売の原則です。価格競争を回避できません。
黙っていても受注が舞い込まなくなった昨今、現場も含め、全社一体、製販一体で、新たな付加価値額を積み上げる手立ても講じなければなりません。
5Sは大切です。しかし、整理だけやっても儲かりません。整頓のみに精を出しても積み上げに繋がりません。5Sをどうやって儲けにつなげるのか、その具体策を明らかにする必要もあります。
トヨタ生産方式の狙いは脱規模の経営、低成長時代を見越して利益を出すことです。変種変量生産対応になっています。そこまで考えられた仕組みです。トヨタ儲けのプラットフォーム、独自の定跡や定石。儲けるための思考回路が現場で共有されています。これが強みなのではないでしょうか?
7.トヨタのチーム力
「トヨタ生産方式」を著わした大野耐一氏は、その中で、チーム・ワークこそすべてであると語っています。38度線を引くな、バトンタッチを上手くやるように。こうした言葉です。さらには次のような記述もあります。
「仕事でもスポーツでもそうだが、5人なら5人が同じレベルの力でやることが望ましい。だが、実際にはそうはいかない。たとえば新入社員で仕事にぜんぜん慣れていない人もいる。
その場合、私どもの生産現場ではリレーのバトン・タッチ式にやっているわけだが、トヨタ自工のなかではこのチーム・ワークのことを「助け合い運動」と呼んでいる。
この「助け合い運動」がより力強いチーム・ワークを生み出す原動力にもなるわけである。」
応受援性の高い組織です。ベテランが若手や新人を下支えする絵が浮かびます。チーム力を均一にしてパフォーマンスを最大化するのです。
自働化ルールでは、「作業者が異常発見」、即、停止です。若手だろうが新人だろうがそうすることを求められます。現場の成果は出来高です。そちらを優先させたい誘惑と戦いながらの自働化ルールです。
停止させた若手や新人を責めることはありません。根本原因は設備や仕組みにあるとの思考回路が共有されているからです。チームで助け合いながら短時間で対策を打つ雰囲気であると推察できます。
部下のことを常に気にしているリーダーが現場を引っ張る応受援性の高い雰囲気がトヨタの強みと言えるのかもしれません。
稲盛和夫氏「不況に備える7つの心構え」の7つめは「良好な人間関係を築く」です。人と人との建設的な相互関係がなければ、イイ仕事もできるわけがありません。同じ釜の飯を食う仲間感覚。
トヨタ技能者養成所卒業でバリバリの鍛造技能者から役員になったトヨタ自動車執行役の河合満氏を今でも「おやじ」と呼ぶ雰囲気。良い面も悪い面もあるものです。完璧なチーム力はありません。
ただ、トヨタ自動車には、同業他社にはない、「ならではの」雰囲気があると考えたくなるのです。この雰囲気がトヨタ生産方式を回します。仕組みを回すのは人だからです。応受援性の高い雰囲気がそれではないでしょうか?
8.中小製造企業でもできる強みづくり
「仕組み」と「チーム力」は10人規模の企業であっても、50人規模の企業であっても、それを構築し、ブラシュアップさせられます。企業規模は無関係です。費用ではなく、時間を投入して構築していきます。
トヨタの仕事のやり方が絶対だということではありません。自動車業界の中で、明らかに目立って結果を出していることに焦点を当てます。使えるやり方があれば、中小現場でもやってみたいのです。
すべては経営者の言動次第です。考えに考え抜いた知恵を現場に伝え、共有するのです。なかには、言葉だけでは伝わらないこともあるかもしれません
ロードマップで将来を見せながら、貴社独自の付加価値額人時生産性向上のプラットフォーム、定跡や定石を構築するのもひとつのやり方です。
貴社独自の「仕組み」と「チーム力」を手にして、モノづくりのシステム運用に磨きを掛けます。そうして、競合他社を凌駕する圧巻の持続的競争優位を確立したい経営者の願望を実現させるのです。