トヨタ生産方式と作業者の安全|元トヨタマンの目
コンサルタントの仕事を始めたが、いろいろな会社を見学することができて非常に勉強になる。
その中で一番興味深いのは、トヨタ生産方式がまったく導入されていないどころか、機械加工工程でもロット生産をしているような工場を見た時だ(工程の進化は次の通り……ロット生産→1個流し生産→トヨタ生産方式)。
この場合、私にとっては、トヨタの工場がまだトヨタ生産方式を導入していない、今から60年前の状況を目の当たりにすることができるわけだ。
トヨタでトヨタ生産方式の進化過程は教え込まれてきたが、その出発点の状況が分かるのだからこたえられない。
目の前のロット生産の工場を見て周れば、そこに非常に多くの問題点を発見することができる。それと同じ問題点が60年前のトヨタにもあり、それを先輩諸兄が1つ1つ解決して現在のトヨタを築き上げたわけだ。
私に課せられることは、その60年間の成果をいかに短期間でクライアントに横展するかということだ。
ところで、そのようなクライアントの工場の状況を見て、最も重要な問題点と思うのが、作業者の安全に関することだ。
そのクライアントの工場では作業者全員に、作業での安全について専門の経営コンサルタントから直接講話を聞かせていた。
このことに私は非常に驚愕し、次のように思った。
「この会社は部下の安全について上司が保証していないのか。この講話を聞いた作業者は、経営コンサルタントの指示を実行すればいいのか、上司の指示を実行すればいいのか混乱してしまうではないか」
その視点で現場をさらに観察してみると、そのことが納得できた。
「ロット生産しているから、作業者は担当の機械にはり付き、刃具交換や段取替えなどを全て一人が担当する。したがって作業に反復性がなく、標準作業ができない。管理・監督者が現場で作業者を見ても、即座には、今何をやっていてそれが問題のある作業動作なのか、問題のない作業動作なのかは判断できないのだ。結局、管理・監督者が作業者の安全について100%の保証と責任を持つことができないのだ」
トヨタの場合はこうだ。
工程が1個流しで、平準化して製品が流されてくるため、全ての作業者の作業がサイクルタイムごとの反復作業にすることができる。
そして全ての作業に「標準作業票」が作られ、現場に掲示してある。それには作業手順ばかりか秒単位の作業動作や「安全についての留意点」まで事細かに記入されており、班長、組長、工長、課長の印鑑が全てに押印してある。
トヨタ現場の管理・監督者の経験と知恵と工夫が全てそれに盛り込まれている。
作業者は絶対に、その指示通りに作業を行なわなければならない。作業者がもしそれに不都合を感じるようなら、創意工夫を提案して上司の承諾をとり、その上で標準作業票を改正しなければならない。
もし作業者が作業中に怪我をしてしまったとすると、まず最初に確認されることは、「作業者は標準作業票通りの作業をしていたかどうか」だ。作業者が標準作業に従わなくて怪我をした場合は、トヨタの会社としての責任はひとまずないといっていいであろう。
しかしすぐに部長から課長へ次のような指示が出る。
「なぜ作業者は君が決めた標準作業通りの作業をしなかったのかすぐに確認せよ」
それがこのクライアントの工場ならどうなるだろうか。
「こういう場合は、こんな風なやり方をしてはいけないと言ってあったじゃないか。なんで言われた通りのことを守らなかったんだ」
管理・監督者はこう言って自分や会社には責任はないと主張するであろう。まさに管理・監督者は作業者の細かい動作までは把握できないのだから、責任はとれないであろう。
トヨタとは安全管理の「質」の面で決定的な差異ができてしまっている。
ここで痛い思いをした(痛い思いですめばいいが)作業者は、この上司に対して本当に信頼してついて行こうと思うだろうか。