デジタルものづくりと“三層分析”(2)
前回の最後に挙げた三層のうち①「上空」のICT層では、アメリカ主導で下剋上的な技術革命(revolution)が繰り返されています。
設計思想はオープンアーキテクチャ、したがってグローバル業界標準インターフェイスを確立し、補完財を含むエコシステムを主導して、ネットワーク外部性を梃子に雪だるま式に「独り勝ち」の状況に持ち込む一部のプラットフォームリーダー企業が、金余りの資本市場の期待を受けて、異常ともいえる株式時価総額を得るという構図が出来ています。
前述の、アップル、グーグル、アマゾンなどが割拠するのがこの「上空」の世界で、日本企業の存在感はほとんどありません。またこの世界では、コンピュータの能力の幾何級数的な拡大によって不可能が可能になるといったような技術楽観論が支配的で、その発信源は多くが米国です。
一方、ものづくり現場のデジタル化が起こっている②「地上」の世界に目を向けると、ここは、工程革新を伴う現場改善といった進化(evolution)の世界で、現場力や技術力をコツコツと地道に積み重ねてきた日本やドイツの産業現場が依然として力を持っています。
また、工作機械や工作ロボットなどの単体で日本が高い競争力をもつことは周知のとおりです。しかしこの地上層は、質量のある物財が物理法則に左右されるフィジカルな世界であり、エネルギーや資源の限界、地球環境問題、交通事故や原発事故など安全問題、人の健康寿命など、いよいよ厳しくなる制約条件下での製品や工程の設計はどんどん複雑化し難しくなっています。
実際、近年の原発事故、トヨタ等の大規模リコール案件、VWの排ガス測定不正、三菱自動車の燃費不正などでも示唆されるように、一部の製品の設計はどんどん複雑化・困難化しており、ある種の設計悲観論が広まっています。上空界の楽観論とは対照的です。
このように、一概にデジタル化と言っても、層が異なれば競争力の構図がまったく違っているのです。したがって、ある層から発信される言説だけを信じて意思決定をすれば、判断を誤る可能性が高いでしょう。
①②③全ての層がつながり始めたのが近年の産業界の大潮流であることを踏まえ、①②③すべての層をバランスよく見たうえでの戦略決定や政策形成が、今こそ必須です。
その点、総じて、米国は一部企業がリーダーとなって①上空の「制空権」を握っていますが、③の「地上軍」はあまり強いとは言えません。
その意味では、米国の為政者が地上界の貿易取引の保護強化を言い出すのも、あながち経済学に対する無知とばかりはいえないかも知れません。米国とすれば、強み(上空の制圧力)を伸ばしつつ、弱み(地上での競争力)は補う、ある意味で戦略論の基本にかなっています。
逆に日独などは、地上の世界ではまだ強いけれど、制空権を握られているということを前提に今後の産業ビジョンを考えていく必要があります。10年後には上空で戦える和製ジョブスの登場を期待したいところですが、今は上空の制空権のない状況を認識したうえでの、低空域での上手な戦い方が肝要です。
こうした状況であれば、米国から発信されてくる議論がインターネットありきの、たとえば地上のクルマや工場のビッグデータを一気に上空に吸い上げて巨大な計算力やAIで処理し、上空から地上を直接的に自動制御するといったようなビジョンに偏ることは当然でしょう。
米国発のICT技術楽観論は、それこそ山ほど届いてきますが、こうした米国的バイアスを差し引いて冷静に受け止めるべきでしょう。先年の3次元プリンターブームの時のような無駄な過剰反応をいつまでも繰り返すべきではありません。
流行に乗るのではなく、はじめからその提案の真水の部分を本質論によって見極めることです。
以上を踏まえて、次回は、③の「低空層」について、考えてみましょう。
出典:『<藤本教授のコラム>“ものづくり考”』一般社団法人ものづくり改善ネットワーク