ターボ分子ポンプの基礎

ターボ分子ポンプの基礎

なぜ、お手頃のロータリーポンプが高真空まで至らないのでしょう
私たちは色々な面で真空ということと振り合っています。様々な業界で低真空から超高真空までが使用されています。ちなみに、大気圧より低い圧力はすべて真空と呼ばれます。ちょっと分かりにくいところは、圧力が低くなればなるほど真空度が「高い」と言います。すみませんね。

真空度の呼び方はこんな感じです。

真空度の呼び方
真空度の呼び方

大気圧では、酸素、窒素、2酸化炭素などの分子が非常に多くて、汚染になったり色々なプロセスの邪魔になったりします。また、金属などが空気の中の酸素と触れることで酸化物を形成することがあるので、酸素と反応してしまう物質を使う方々は大体、低真空下や酸欠の雰囲気下で作業する必要があります。普通の白熱電球でも金属フィラメントの酸化を防ぐために電球の中が低真空になっています。この真空雰囲気は真空ポンプで中の気体を排気します。

真空ポンプは、容積移送式真空ポンプ、運動量輸送式真空ポンプ、および気体溜め込み式ポンプの3種類に分類されます。この3種類の基本となる技術が異なります。どのポンプを選ぶかは用途によって変わりますが、ほとんどロータリーベーンやダイアフラムポンプのような容積移送式真空ポンプで十分です。ロータリーポンプの場合、到達真空度の限界は約0.1 Paです。井戸から水を汲み上げる時の手押しポンプも装置の排気に使われる粗引きポンプも同じ原理で動いています。簡単に言うと、体積と圧力の関係を利用しています。ポンプ内部の空洞を拡張させたら空洞の圧力が低下します。圧力差により、ポンプ外にある流体は空洞に流れます。その後、空洞とポンプ外の出入り口を閉じて、流体を別の出入り口から排出します。この動きを何回も繰り返すだけです。

但し、ロータリーベーンポンプなどの容積移送式ポンプは中真空、すなわち0.1 Paまでしか行きません。なぜでしょうか?先のべたのは、圧力差があるため流体が流れます。ポンプの機構自体が「流体が圧力差に流されること」を前提としています。…しかし、流体が思ったように流れない場合はどうすればいいですか?というか、流体は流れないことがあるのですか?

粘性による分類
粘性による分類。左: 年生流、右: 分子流

流体は圧力によって、粘性流と分子流という2種類の流れ方があります。コップから水を注ぐことを想像してみてください。コップを傾けることで水の分子に力が加わって移動します。移動した途端に隣の分子にぶつかって押して、またその隣の分子を押して・・・分子同士が非常に近いため、あっという間に水が流れます。大気圧で、ガスの分子が約68 nm移動すれば隣の分子と衝突します。

(ちなみにこの距離は平均自由工程と言います)

分子がグループで衝突しあっているため、普通に流れることができます。これは、粘性流と呼びます。低真空(0.1 Pa)くらいまでしか起こりません。

ただ、圧力が低くなりガスの分子が離れていくと、ある分子が隣の分子と衝突するより、容器の壁と衝突する確率の方が高くなります。これは分子流と呼ばれます。中真空の場合は平均自由工程が数mm程度で、超高真空になると数kmになります (!!) 。そのため、そこまで真空を引くなら気体分子を一つずつ排気口に向かって押すことが必要になります。

ここで運動量輸送式のターボ分子ポンプ(TMP)が登場します。動作原理は、動いている固体(金属製の翼)で分子を叩くことによって気体分子に運動量を与えることができるということです。他の運動量輸送式ポンプもありますが、TMPは半導体業界によく使われますので、ここで話したいと思います!

TMPの設置
TMPの設置(チャンバーの下でも上でも横でもかまいません)

TMPには、回転する翼(タービン翼)と固定翼(ステータ翼)を複数段があり、タービン翼を高速回転させ、気体分子を引き飛ばすことによってガスを排気します。タービン翼とステータ翼を1組で「ステージ」と呼ばれることもあります。気体分子は口を通って入り、回転するタービンブレードに衝突し、それらをより低いステージに進み、排気口に到達するまで何度も何度も衝突します。タービンの回転速度(rpm)が高ければ高い程ポンプの効率がいいので、物によって数万rpmで回転しています。気体分子が最後のステージを通ったら、ロータリー式などの補助ポンプで排気できるような圧力になっているはずです。

基本のセットアップ
左: 基本のセットアップ
中: TMPの構造
右: タービン翼

じゃあ、そこまで性能があるなら最初からTMPで排気すればいいんじゃない?と思った方がいらっしゃるかもしれません。そこに大きな罠があります。

製造上、タービン翼とステータ翼との間の間隙は小さくても1mm程度です。ちゃんと先話した壁とぶつかる確率が十分高くないと(すなわち、平均自由工程が十分長くないと)TMPが機能しません。低真空で起動させても、分子同士の衝突が多くて、タービン翼に叩かれてもあまり影響がなくて、結局気体がどこにも行かないです。この現象は「失速」と呼ばれます。低真空~中真空の境となる10 Pa辺りから初めてTMPが使用できます。10 Pa以下だと、気体分子の平均自由工程がTMPの翼の隙間(~1mm)と近づいてきて、翼にぶつかる確率が上がります。

ちなみに、まだ圧力が高すぎるのにTMPを起動してしまったや運転中にドンと落とされてしまった場合はこうなることがあるので、要注意!

故障1
故障してしまったTMPたち

 

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テクダイヤの開発・生産に携わる、若手エンジニアによる公式ブログ。技術情報はもちろん、失敗談や体験談など有益な情報を幅広くお伝します。


創業40年の製造業。ダイヤモンド事業からスタートしたテクダイヤは、会社本来の「人好き」が作用し、人との出会いを繰り返しながら業態変化を続ける。 現在はセラミック応用技術・精密機械加工技術・ダイヤモンド加工技術をコアとしながら先端技術のものづくりを支える。スマホやデータセンターなどの通信市場、更にはNASAやバイオ領域にも進出中。