シングル段取りはトヨタが実現させた|元トヨタマンの目
昭和44年の春のこと。
トヨタでは当時、シラーの1000トンプレスの段取り替えに4時間かかっていた。
大野耐一専務より次のような断固とした指示があった。
「西ドイツのVW社は2時間でやっている。
何としてもそれを追い越せ」
それで、新郷重夫先生指導のもと、
・内段取りと外段取りを明確に分ける
・内段取りと外段取りの両方の作業改善を行なう
というやり方で、半年後にみごと、「1時間30分」に改善することに成功し、新郷先生ともども大喜びしたそうだ。
するとすぐに、また大野専務から
「今度はそれを『3分』でやれ」と強い指示があったというではないか。
これにはさすがの新郷先生も唖然として開いた口がふさがらなかったそうだ。
しかしそこで新郷先生にピンと来たものがあった。
それは、
・内段取りでやっていたものを外段取りへ移行してしまえばいい
という革命的な発想であった。
そしてなんと、このトヨタマン達はその3ヶ月後に『3分』を本当に達成してしまったのだ。
しかしながら新郷先生は、大野専務があの時点で、「1時間30分」を、その30分の1である「3分」にせよ、という強い指示を出したのかどうしても不思議でならなかったそうだ。
そこで知り合いの人に、そのことを直接大野専務に聞いてもらったそうだ。
そうすると大野専務は、
「秋山君、人間は3分あったら200m歩くことができるんだよ……」
とだけ、返事をされたそうだ。
また、フランスのシトロエンの視察団にも友人がいたので、同じことを聞いてもらったそうだ。
すると今度の答えは、
「私は何でも半分にするのがすきでね。
例えば、現場の『生産期間を半分にせよ』と指示する、すると、最初はびっくりするが、それでもいろいろと考えて努力をする。
その間、私は頻繁に現場に行って経過を聞くことにしているのです。
最初は遅々として進まないが、そのうちに誰かが素晴らしいアイデアを出して、結局『生産期間が2分の1』になるのです。
そうすると『ご苦労だった』と労をねぎらうのですが、また3ヶ月ぐらいすると、再び『もう一度、その改善された生産期間を2分の1にせよ』と指示することにしているのです。
すると、今度は、前回よりさらに困難なことになるけれども、やはり『2分の1になってしまう』ものなのです。
どうしても人間というのは、『1時間30分を1時間にせよ』という目標ではあまり大したことを考えないけれども、『3分』にせよという目標を与えて『絶体絶命の境地に置くと、素晴らしい知恵を出す』ものですね……」
結局、人間というものは微温的な目標を与えると、
従来、手でネジを締めていたのを、ナットランナーで締めるというような
ありふれたアイデアしか出ないけれでも、圧倒的な目標を与えると、
『ネジを全然使わない固定方法を考える……例えば、嵌合方式による』
といったような、まったく新しい考え方をするものだ。
この目標設定の考え方は、トヨタ式問題解決手法として現在のトヨタにも脈々と流れている。
『新郷重夫の発想』『大野耐一の目標設定』、この2つが近代工業の夜明けというべき『シングル段取り』を実現させたのだ。
これが達成できなければ、トヨタ生産方式を成立させることはできなかった。
これは私が14歳の時のできごとだ。今年私が54歳になる。実に40年が経っている。
にもかかわらず、今だに100%内段取りという会社が非常に多くある。
そのような会社は、21世紀の今までよく倒産せずに来れたと、胸をなでおろすとともに、明日からすぐに、シングル段取りへの取り組みを開始して欲しい。
それには、なにも難しいことは1つもない。
なぜなら、先人が努力してやったことをマネすればいいだけだからだ。
この『マネ』も改善の大きな手法の1つなのだ(かっこよく言えば『横展』)。