コア技術開発では炭素繊維の開発経緯を参考にする
コア技術を深掘りするとともに外部環境を踏まえて将来的に顧客へ提供するコトを明確にできればブレない技術開発が可能になる、という話です。
1. すり合わせ能力に頼る製品開発は避ける
半導体の微細化技術の進歩によって製品機能が半導体チップ上に統合される事例にみられるように、技術の進化は部品のモジュール化も促します。
ある意味で部品のブラックボックス化が進みます。
他の部品と組み合わせることによって自社製品の価値が上がるならば、組み合わせる部品の中身は知らなくても構わない。
イイものを購入して活用すれば十分だ、となります。
自前で全ての技術をそろえようとしたらスピードについていけないからです。
ですから、技術開発では業界のトレンドを見極めることが欠かせません。
- 機能競争では圧倒的な差別化技術を狙うか
- コトに注目するか
少なくとも、どちらかのスタンスで技術開発を進めることが重要です。
一橋大学教授の青山矢一教授は、上記のような技術進歩の結果、日本が得意としていた「すり合わせ能力」は付加価値につながりにくくなっていると指摘しています。
産業の付加価値は、「すり合わせ能力」から、
- さまざまな製品に広く使われる「強い基本部材」を提供すること
- 既存の製品や事業の枠を超え新たな組み合わせを提案するソリューション事業
へ移転すると解説しています。
(出典:『日本経済新聞』2016年3月15日)
差別化された圧倒的に強い基本部材を持っているメーカーが、お客様のコトへ対応するためにお客様の声に耳を傾けて問題解決型のビジネスを展開したら極めて高い付加価値の提供ができます。
昨今、炭素繊維で注目を浴びる東レが、まさにその流れに乗っています。
2. 圧倒的な差別化技術を持った企業がコトに注目すると強い
機体の大半がアルミニウム合金や鋼材で構成されて「金属の塊」だったジェット旅客機の構成部材が大きく変化しています。
ボーイング社の中型旅客機「767」では機体質量の97%がアルミニウム合金や鋼、チタンで構成されていました。
それが、「787」では機体質量の半分が炭素繊維強化樹脂(CFRP)などの複合材料で構成されています。
(出典:『日経ものづくり』2015年12月号)
残りの半分の質量は複合材料に適さないエンジン等なので実質機体はほとんど非金属で構成されていることになります。
ここまで、複合材料が機体へ採用されたのには、ボーイング社が航空機の技術革新を積極的に進めているという背景があります。
そうした中で、ボーイング社は、炭素繊維メーカーである東レを直接取引するパートナー企業として位置付けています。
東レはあくまで炭素繊維メーカーです。
炭素繊維強化樹脂(CFRP)のメーカーではありません。
ですから東レは従来ならばボーイング社のティア1やティア2に原材料を供給する立場であり、最終製品を組立てるボーイング社と直接取引する立場にありません。
それが、今やボーイング社と二人三脚で機体の革新へ挑戦しているのです。
それ程にボーイング社が求める機体性能を実現させるのに東レの炭素繊維が果たす役割が大きいということ。
東レはボーイング社のみならずティア1やティア2の部品メーカーとも組み原材料である炭素繊維の素材供給に加え、部品加工・製造のノウハウ確立もサポートしてきました。
こうした事業展開によって炭素繊維の製造技術をコアにして、CFRPや航空機部品の製造ノウハウも積み上がることが期待できます。
実際、東レは炭素繊維の品質を向上させるだけでなく、炭素繊維に樹脂を含浸た複合材の成形加工用の「プリプレグ」とよばれる中間素材の製造にも新規参入を果たしています。
また、2015年に初飛行を果たした三菱航空機設計の国産ジェット旅客機MRJの尾翼用の一次構造材部品(スパー、スキン・ストリンガーパネル、リブ)の生産にも乗りだしました。
3. コア技術開発の方向性
東レの事業展開の流れは、モノづくり企業のコア技術開発で参考になります。
技術開発で目指すべき2つの方向性を見事に両方とも実現させています。
それだけ、強固な事業形態になり得ます。
炭素繊維という素材自体、まだまだ発展途上であり、技術開発の余地が大きい上に、東レは技術ノウハウの積み上げでも世界でトップを走っています。
1961年に炭素繊維の開発をスタートさせ、地道に事業を継続してきた圧倒的な強みがあります。
東レのHPにも炭素繊維開発の歴史を次のように表現しています。
海外の多くの化学企業が炭素繊維の開発から撤退・縮小していくなか、東レはその材料としての価値を見抜き、釣り竿やゴルフシャフトといった用途で事業を育てながら、長期的には航空機用途を見据えて粘り強く取り組みました。
こうした材料の価値を見抜く力と強固な意志こそが東レの研究・技術開発の強みであり真のイノベーションを生み出す背景といえます。
(出典:東レHPより)
さらに、東レの研究者・技術者のDNAとして次の説明が掲載されています。
―深は新なり―
「深は新なり」は、東レの研究者・技術者のDNAともいうべきキーワードとして語り継がれています。
これは、ひとつの事を深く掘り下げていくと次の新しい何かが見えてくるという考え方であり、まさに極限追求の世界です。
しかし、研究・技術開発における極限追求は、独りよがりであってはならず、大きな時代観、社会の要請を踏まえた極限追求が必要です。
それが、社会的・経済的価値を備えた真のイノベーションへとつながるのです。
(出典:東レHPより)
なかなか芽の出ない事業の研究開発の継続を決定し続けてきた経営者に先見の明がありました。
技術開発では自社のコア技術の見極めが極めて重要です。
そこを足掛かりにした技術の深耕と周辺技術の強化が技術開発の定石です。
東レでは「深耕」を極めました。
モノづくり現場には工場の規模に関わらず必ずその会社の強みが存在しています。
その工場独自の強みの源泉となる固有技術あるいは管理技術。
そうでなければ、そもそもモノづくりを生業として、今日まで事業を継続させることは不可能です。
必ず強みが存在します。その強みがコア技術になり得ます。
そこで、そのコア技術をどこまで深掘りできるのか、そこから新たな価値を生み出せるのか。お客様の声に耳を傾けつつ、お客様も気が付かないコトがないかとも考える。
モノづくり工場の技術開発では、深掘りでどこまで極められるのかを工学的にあるいは事業的に判断をしながら、それがお客様へ提供できる具体的なコトへつながるかどうかを検討します。
こうして、将来的に提供するコトを明確にしておくと、ブレないで地道にコア技術を磨き続けることが可能になる。
東レの炭素繊維開発の歴史はそうしたことを教えてくれます。
まとめ
コア技術を深掘りすると共に外部環境を踏まえて将来的に顧客へ提供するコトを明確にできればブレない技術開発が可能になる。