『MAKERS—21世紀の産業革命が始まる』はまだ夢物語か?

『MAKERS—21世紀の産業革命が始まる』はまだ夢物語か?

娘の結婚式で留袖を着ることになった。

36年前に実家で仕立ててもらい、結婚のときに持たせて貰ったものをようやく着る機会ができたと喜んだものの、着物に関する知識は皆無。

事情があって高齢の母親に尋ねることもできない。

 

箪笥の中を探ると、一度も袖を通したことのない着物が続々と現れた。帯や帯締めも。

どれとどれを組み合わせればよいのか。

まして、結婚式での正装なので、間違えたら親戚中の笑いものである。

 

頼れるのはネットしかない。

着物の種類、帯の種類から始まって、正装での小物に至るまで知識を得、無いものは注文し、恥をかくことなく結婚式で留袖を着ることができた。

何より、一度も袖を通したことのない留袖の裏地(胴裏)が茶色のシミだらけになっていたのにはショックだったが、昔の正絹では避けられないことと知った。

 

京都の仕立て屋に胴裏用の正絹の布地(抗菌、防カビ加工)を注文するとともに胴裏の付け替えを依頼した。

すべて、メールのやりとりと宅配便で事が済んだ。しかもびっくりするくらい安かった。

現代は、知識がなくても、技術がなくても、それらを持つ人たちの力を借りることで目的が達成できるのだ。

 

遅ればせながら、『MAKERS—21世紀の産業革命が始まる』(クリス・アンダーソン、NHK出版)を読んだ。

たまたま、3Dプリンタの実演を見たことがきっかけで、本書にも手を出したというところである。

 

留袖の胴裏の付け替えどころではない大がかりなものづくりが対象ではあるが、基本は同じとみた。

それにしても、ここにある事例だけで、21世紀の産業革命、というのは行き過ぎではないか、というのが正直な感想である。

現在95歳の父は電子顕微鏡の技術者で、とても器用な人だが、21世紀の現代に20代、30代の若者だったとして、自力で電子顕微鏡が作れるだろうか。自力で人工衛星が飛ばせるだろうか。新幹線が走らせられるだろうか。

 

ものづくりには、色々なレベルがある。精密さのレベル、品質のレベル、さまざまである。

MAKERSで示されているのは、まだ趣味の世界ではないのか。

それが産業革命といえるまでには道は遠いように思える。

 

もちろん、技術の進歩は速いので、今よりももっと本格的なものづくりが世界中の知恵を集めてあっという間にできる、ということは考えられる。

でも、その「もの」が何なのか、は別である。

 

私がデモを見た、中小企業や個人企業でも買えそうな3Dプリンタは、小さな動物のモデルを創り出すのに数時間もかかるという。

まだおもちゃしか作れないレベルにしか見えなかった。

 

本書が出てから1年以上経つがそれほど進歩したようにも思えない。

さらに何か別の力が必要かもしれない。

※2013年10月に書かれた記事です。


1948年東京生まれ 石田厚子技術士事務所代表 東京電機大学情報環境学部特別専任教授 技術士(情報工学部門) 工学博士 ◎東京大学理学部数学科卒業後、日立製作所入社。コンパイラ作成のための治工具の開発からキャリアを始める。 5年後に日立を退職し、その後14年間に5回の転職を繰り返しながら、SEなどの経験を通じてITのスキルを身に着ける。その間、33歳で技術士(情報工学部門)取得  ◎1991年、ソフトウエア開発の生産性向上技術の必要性を訴えて日立製作所に経験者採用。生産技術の開発者、コンサルタントとして国内外にサービスを提供  ◎1999年 企画部門に異動し、ビジネス企画、経営品質、人材育成を担当。57歳で「高い顧客満足を得る商品開発への影響要因とその制御」論文で工学博士取得  ◎2007〜13年、日立コンサルティングでコンサルタント育成に従事。「技術者の市場価値を高める」ことを目的とした研修を社外に実施  ◎2013年 65歳で日立コンサルティングを定年退職し、石田厚子技術士事務所を開業。技術者の市場価値を高めるためのコンサルティングと研修を実施  ◎2014年 東京電機大学情報環境学部の特別専任教授に就任