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高齢者に夢のない会社は若者に魅力がない!

高齢者に夢のない会社は若者に魅力がない!

日本では現在、高齢化問題は今後の産業の重大課題です。

この問題に関連する内容として、N氏が事務機器を生産するある企業にお邪魔したときの指導内容を紹介することにします。

 

この企業で管理者研修を終了してホッとした雑談の時に、高齢者対策の話が出た内容は「明日は我が身である。定年後の人生設計はご本人の選択事項ではあるが、そのことを考えると大変に不安になる……」という話から、いろいろな討論になった内容です。

N氏は筆者同様、既に自分から自立、転職しているので、もはや定年はない。転勤も上司に気を使うこともない。

しかし、独立には危険性がつきものである。もし、私が病気で寝込んでも何の保証もない。

 

その日から困る点が独立の怖さである。労災保健も長休手当てもないし、収入は全くなくなってしまうからである。

このため、企業に勤めていたころより健康には注意を払っている。

お酒の量ははるかに減った。月に二度はあった二日酔いは全くなくなった。

 

だが、人目に見ると、この仕事もうらやましくみえるようである。

このような話を含めて、話が出た内容を紹介することにする。

 

「私たちの会社はどちらかというと、工場が地方にあり、企業としても発展してきたので他社に比較して年齢が若いのですが、これから迎える高齢化は大変な問題ですよ。Nさんは良いですね。早いうちに独立されて……」

「いや、人の目には良い仕事をしているようにみえますが、1件いくらの仕事の契約ですから、顧客からのご依頼がないと仕事にならないわけで、その意味では大変な仕事ですよ。

今年の最初の頃などは、1月に2社程度の仕事でしたから給与は遅配、大変でした。幸いに、今は盛り返し、何とか生計が成り立っています」

 

「そんなことないでしょ!」

「いや、あります。貴社のような企業ばかりが連続で仕事を注文していただければ別ですが、今回の課長研修も3日で終了、研修でやった内容は1社で2度はされないと思います」

「そう言われれば、そうですね」

 

「私たちの業界はバブルの頃に対して、売上規模は7割です。かつて、仕事をしていた方が廃業しているケ-スが多々あります。

私の友人は定年を考えて、また私の状況を見て私を真似して独立したそうですが、2年で廃業、もとの企業へは戻れず、その企業の下請けで仕事をしている状況です。

当然、給与は前に勤めていた企業の7割以下だそうです。幸いに、私の場合は皆に助けられ、幸せな環境で仕事をしています。

 

特に、JMAでは伸びる、特異な分野を担当している関係上、今は仕事が成り立っている状況です。

コンサルタントになって思うことは、ネットワ-クに乗っていなければ顧客とのコンタクトだけでなく、次のテ-マが見つけられないということを感じます。

我々の業界ではテ-マが常に変化します。技術の革新と、企業にいる方々のレベル向上の速さが関係するからです。

 

新しいテ-マに着手します。セミナ-などを開催すると、最初は多くの方々が勉強に来られます。

しかし、ニ-ズの対象となる市場規模が決まっていますので、ある期間が過ぎると、参加者は減ってきます。

これが、ISOやJIT、管理者研修となると長期に続くわけですが、この種のものは逆にある程度企業で経験を踏んだ方なら資格を取り、対応できる分野です。

 

そうなると、市場は大きくても、指導者が飽和状態になってしまいます。

したがって、すぐに市場は満杯になり、今度は値下げ交戦が起きてくるわけです。コンピュ-タの新製品競争の内容に全く似た内容があります」

 

「そうですか、他人の芝生は良く見える、というわけか! 結構大変なのですね」

「ハイ!」

「このような話でよく相談を受けることがあります。『会社を定年になるから、私のような仕事をしたい。ついては相談に乗ってくれ』という相談です。

 

そのような場合、私は次のように説明します。

本当のことをお話しするわけですが、大切なのは会社でかなり経験を踏んだつもりでも、会社で得たノウハウは2年で底を尽きるという点です。

第一、貴社で培ったノウハウは社外秘ですから、他社へは出せないでしょ! 貴方に依頼してくる企業は、貴方が経験された業界とは異なる企業もあり、一般性がなければ、手法の適用も難かしいかもしれません。

 

JMAであなたに頼む研修は、今まで既に講師をされておられるメニュ-と異なるものを要求されます。

しかも、セミナ-のテ-マを設定したとしたら、1件のテ-マは年に2回×2日が平均です。

研修に参加された企業から、企業内研修を頼まれることがあるかもしれませんが、その数200回に1回程度と考えるのが一般的です。

 

そうなると、講師としてこなせる研修のアイテムがある程度必要です。

従って、研修会に企業が支払う額は1回当たり支払う側には高くても、講師をする本人に入る金額はそれほどではなくなります。

このような状況を計算した上で独立を考えられた方が良いでしょう。

 

また、企業で働いているうちに本を出版しておかれることも大切です。

ある程度、名前が売れていて実力を認められていると、セミナ-や企業の指導に頼まれるチャンスが生まれるからです。

しかし、書は常に新しい企画であり、他の人と差異がなければなりません。

 

自分はこのように知識があるから……と言っても、読者の誰がその内容に共鳴してくれるか否かを考えなければなりませんし、我々の業界は特殊ですから、3千部も書が売れれば、市場は満杯になります。

小説家のように印税で食を満たすなどということは皆無とみるべきです。

書を書く工数をセミナ-の講師やコンサルタントの費用と比べると、工数から見て全く見合いません。

 

せいぜい、名刺を配る程度の書の出版を考えておくべき内容ではないかと思います。しかし、企業にいる時代から世の中では有名人の方は違います。

まるで、芸能界の有名人のように各社から講演依頼がなされます。このような方は大変にまれです。

このような方でも、芸能界の歌手のライフサイクルがあるように、やがてはその歌も顧客にあきらめられるという事を知って、次の手を打っておかないと大変なことになるでしょう。

 

このような方々にも将来のリスクはあるわけです。したがって、ある有名な方は事務所をつくり、若い方々を雇い、次に売れる内容を常に企画する方式を取るわけですが、この対応もかなりの先見の明がないと難しい内容です。

幸い私の場合、運が良い状況が続いたために今のような幸せな状況で仕事が続きました。

たまたま、研修に使う内容が、他の方が書いたことのない分野だったため書が発行になり、それが運良く海外で翻訳されたという幸運にめぐりあったわけでした。

 

私以上の実力を持った方々は世の中に星の数程おられます。

しかし、このような幸運にあたって、仕事の幅が広がるケ-スはまれであると、私は考えています」

 

「そうですか。意外に大変な業界なのですね」

「私ごとの話になって恐縮です」

「雑談中このような話で恐縮ですが、定年退職になる方の良い就職先に妙手はないでしょうか?」

 

「難しいご質問ですね。定年後の問題は今、世の中では大変大きな問題になっています。高齢化社会を迎え、この問題は更に深刻化すると思います。

この問題はご本人の問題ではありますが、企業も多少なり関連する問題です」

「そうなのです。退職される方々がハッピ-でないと、企業で働く方々の士気が落ちます。さらに、若手の方も夢のない会社となるので大きな問題です」

 

「海外の方々のようにリタイア-するまでにお金を一杯ためて悠々自適な余生を送る方がおられる内容は、何ともうらやましいですね」

「そう、うちの工場は地方にあるので、まだ退職しても、農業をやりつつ余生を過ごす方がおられ、問題は少ないのですが、しかし、そうでない方々の生活が問題です。

昔は、銀行利子で余生をなんとか過ごそう、という考えがありましたが、金利が今の状況でしょ、これからの老後は全く夢がないですよ」

 

「そう、銀行も株も駄目、土地もダメ! これからは老人に厳しい時代になると思います。

私も及ばずながら、ロ-コスト自動化のセミナーや書の発行をやっていますが、これは、あくまで企業内の問題対策です。

人に対する機能低下対策と労働負荷軽減がノウハウの保護と共に進めることを目的にしています。したがって、企業を出た方々の対策には役に立たない内容です」

 

「そう、私どもも、企業内の老齢化対策は何とか知恵をしぼりつつある状況ですが、どうも、定年退職者の対策は知恵がなくて……」

「私は、この分野には素人です。したがって、あまり良い知恵はないのですが、多少ともお役に立つお話になれば、と思い体験談をお話することにします。何かのご参考になれば幸いです。ただ、全社的、人数の多い方々を対象とすることはできません」

「是非!」

 

「私の考えは、日本人、定年後、悠々自適な生活を送ることは最高ではないか? と思ってきました。しかし、これは日本人にとって不向きであるように思います。

私の父がそうでした。ある中堅企業の工場長という仕事を歴任し、定年になりました。

定年前からドイツ語が好きで、毎朝2時間はドイツの文献を読み勉強をしていました。

 

『定年後はドイツ語の翻訳をやって余生を過ごすのだ!』と、子供の頃から聞かされて過ごしてきました。

父は一時、本社勤めの時、会社の調査部門でドイツの文献を調査し、それも仕事に大きく活かした内容でした。父の自慢話のひとつでした。

したがって、当然のことながら私は翻訳で第二の人生を過ごす、と思っていました。

 

私が企業に勤め約5年の後、定年後の数年は企業で使っていただきましたが、いよいよ退職となりました。

一応、父の退職金と私が働いていること、恩給や年金もつくので悠々自適とはいきませんが、両親の生活はまずまずの状況でした。

このような状況でしたので、父は最初は毎日、好きな釣りや読書をしていました。

 

しかし、しばらくすると私が会社へ出掛ける時、寂しそうに見送るようになりました。

そのような時には、私も帰宅してから下手な囲碁をつきあたったりしましたが、仕事をしない寂しさは何ともいえないようでした。

そこで、私なりに父が行う翻訳の仕事のあてを探してみたわけです。

 

しかし残念ながら、ドイツ語の翻訳はなかなかない状況でした。

仕事をさがすうちに、翻訳という業界は若い時から翻訳者の仕事のル-トをつくっておかないと、仕事を得るにはなかなか難しい内容であることがわかりました。

特に、父が退職した時代は未曾有の不況! といわれたオイルショックの時代、翻訳の注文は予算を削られ、業界自体が大変な状況でした。

 

私にはとても父の仕事を見つけることができない状況でした。

このような状況が続き、仕事が生き甲斐だった父は気分が落ち込んでいくようになってしまいました。

やがて趣味の釣りも面白くなくなったようでした。

 

家にいて、イライラと家族にあたることも多くなってきました。

『仕事を急になくし、いくら暇があっても仕事がなければ、人生は全くない!』とも言っていました。

1日が長く退屈な日々になっていったようでした。

 

時々は、私と父が好きな釣りに行ったり、私が家の仕事をつくると喜んでやっていましたが、それほど種があるわけではありません。

このような状況だったので、父は急激に老け込んでしまいました。

そして退職後、たった1年でこの世を去ってしまいました。

 

良い父でした。

“親孝行とは父に仕事をしてもらうことである”ということを、父を亡くしてから知りました。

私が独立した理由の一つに父のこのような状況が大きく関係しています。

 

私ごとで恐縮でした。しかしこの体験はやがては定年を抱える私には考えさせられる内容でした。

このような話は私の家ばかりではなかったようです。

 

近くに大手のガラス会社の社長職を退職された方がおられました。

退職後に自宅の庭に釜を造り、趣味の焼き物を始める取り組みをされたわけでした。

社長時代は高級車が毎朝迎えに来ていたわけですが、退職後はあまり人が訪ねてきません。

 

多分、焼き物づくりだけでは寂しかったのではないかと思います。

近所の方々とのつきあいもなく、段々と寂しい人生になっていったようでした。

この方も、ご近所の散歩をするようになり2年後に他界されたわけでした。

 

ご家族の方々は『仕事がないと明治生まれはダメね!』と言っておられたそうです。

このようなことがあって数年後、私は保全部門の課長を担当しました。

部下には、保全で鍛えた優秀な方が沢山おられました。

 

しかし当時の会社の制度では、このような方々も定年後は単なる企業の附帯作業をする程度の対策しか企業は持ち合わせていませんでした。

その仕事は楽だし、仲間と楽しくできるので仕事としては悪くはないのですが、私には定年になった途端に、判で押したように部下の能力をごみ箱に捨てるように思えたわけでした。

そこで工場長にお願いして、定年の1年前から新製品開発に関与する設備改善をする仕事に従事してもらうことにしたわけです。

 

今までは、故障の修理や保全が主な仕事だったわけですが、さすが設備に詳しいAさんは、早速に能力を発揮されました。

このような状況だったので、定年後シルバ-部門の方々が投入されるサ-ビス会社に行っても、度々、私の工場にお呼びがかかり、やがてそのサ-ビス会社は『新製品や省力化対策の機械製作を専門に担当せよ!』ということになったわけでした。

当然、他の工場からも引っ張りダコです。

 

Aさんは退職され、いつも忙しいわけではありませんが、仕事は切れない状況でした。

しかも、価値が高い仕事です。このような時、若い方々がAさんの状況を見て『将来の自分が見えた!』と言われたわけでした。1人ではありません。

また、『定年になっても、管理者は我々のことを考えてくれる。温かい会社だ! しかし、定年までに世の中が必要とする技術を身に付けなければいけないことがAさんを見てよくわかった!』と言うのでした。

 

私は、ハッ! としました。

『父に抜けていたのはこのことだったのか! 期せずして、Aさんが父のできなかったことをなさった』と、思いました。

年上の部下、先輩は、さすが自分を鍛えた人と他は違うものである! と感銘したわけでした」

 

「いい話ですね……そのお話は?」

「ハイ、私も、皆もそう思いました。今はAさんとは年賀状のやりとりだけですが、今も『仕事は少なくしたが、頑張っているよ!』という内容を毎年いただいています。

多分、体が動かなくなるまで頑張られると思います。

私が定年退職者の第二の人生づくりに関与した内容はこの程度です」

 

「いや! その話は参考になります。しかし、対象人員が絞られますね。うん、うちの場合は……」

「そうですね、私が退職した時に、職業安定所を訪ねたことがありました。この時に、職業安定所の方が、私に次のように話してくれました。

『定年後、仕事を見つけて就ける確率は400分の1です。1は書道の先生とか、趣味の世界が主で、退職された企業がその方の本業の才能を活かして能力を是非とも活用したい! というケ-スを除いては、他社の就業は皆無に等しい状況です……』とのことでした。

 

ただ、定年までは会社では自分の存在価値があっても、当然、後輩に席を譲るわけですから、就業中に失業となるわけです。

その後、一般の方が他で定年退職後の新たな仕事を見つけるということは至難の技だと思います」

「そうですね」

 

この状況でしばらく話がストップしたわけであった。

コメント 「人生設計について」

人生の転機という言葉があるが図のようになるとのことです。

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Nさんの話は、私も同じ経緯だったので腹にドンと響く内容でした。

基本的には「老後の人生設計は個人の責務と考えることが必要である。その決定は30歳までに行え」という示唆があるが個人的には悩ましい問題です。

この話で一番望ましい内容は、仕事を通して実力を蓄え、定年後に人生を切り開く設備整備のAさんの話だと思います。

 

筆者の仕事も永遠ではない。やがては終わり、個人としての活動となる。

そこで、ここで培った知人と力を基に70歳以降の人生設計をしておくべき環境にあると考えてきました。

このため、1993年から身につけた専門技術を世の中に役立て、自分も有意義な後世を送ることを計画に入れて活動してきましたが、これが正しいか否かは判りません。

 

しかし、何を行うにも大変なことは確かです。

このような努力も関与してか、67歳の現在ようやくエコ本番の時代になり、両毛地区(群馬・栃木県)で中小企業を中心に具体的活動を進める準備に入りつつあります。

この進捗はURLでご覧願うとして、「会社で培った技術を生かす」ということに対し、関連する企業でお話した内容を例示するので、紹介することにします。

 

これは、ある組立品生産を行う企業での雑談です。

「ところで中村さん、なぜ? エコ問題に手をつけることにされたのですか?」

「ハイ、4年も前、まだ環境問題がそれ程騒がれていない時のことでした。昼食をJMAの仲間ととっていたわけでしたが、その時サ-ビス部門の研修を担当されるKさんから『中村さん、サ-ビス部門の効率化対策の研修を担当されては?』という話がありました。

 

そこで、その研修は既に多くの先生方がおられるので、特徴が出せないことや、私自身その分野で仕事をしたことがないので、良い指導ができないことを話しました。

『しかし、今、やっている仕事はサ-ビスの改善より、今後の社会を考えると、アフタ-サ-ビス部門は分解という大きな仕事をやっているので、必ず分解生産性の問題が起きた時に多くの情報をもつこの分野が脚光を浴びるぞ!』と、いう話が出ました。

この話が進んで『リサイクル生産性という内容が必ず必要になる!』『しかも、誰もやっていない!』となったわけです。

 

これが、リサイクルそのものを企業の立場で対策するテ-マです。

ちょっと待ってください。貴社はプリンタ-などのアフタ-サ-ビスをやっておられますか?」

「ハイ!」

 

「それは先程の定年退職者活用に有効ですよ!」

「エッ! まだ話が見えないのですが、もう少しくわしくお願いします」

ここでも先のAさんの話は紹介しました。

 

そこで「ハイ、要は先の保全のAさんのケ-ス、あの場合は保全、設備製作という特殊な例です。しかし、御社の製品のアフタ-サ-ビスや、今後のリサイクル対策を考えると、いかがでしょうか? 似ていないでしょうか?」

「そういえば!」

「分解、再組み立てはベテランの技能を要求されます。しかも、量の変動が激しい。機種も昔に製作したものや最新のものと、種々雑多です。

 

分解や再組み立てラインにしても、当面の自動化は難かしいと考えます。そこで、このような仕事に定年退職者を募るわけです。

給与は出来高払い、1台いくらの仕事です。定年退職をされた方々で高収入を要求される方は、ご自身で見つけていただいて、趣味と実益、昔に作った製品の面倒をみていただくわけです。会社にとっても顧客に取っても低価格のサ-ビスができます。

しかも、定年退職者の方々の、第二の人生づくりだけでなく、社会貢献上でも大きなテ-マではないでしょうか?」

 

「なるほど、一石四鳥か! その手があったか? よし! 早速、今の話を基に計画を作り実施に移したいと考えます。いや-、雑談も時には大切ですね!」

このような話で、この企業におかれる定年退職者対策はスタ-トされる話になった。

否、この話の結論は、案外にリサイクル対策を基とした今後の企業戦略を大きく左右することになるかもしれないと私は感じました。

 

このため、多くの企業がこの一石四鳥対策につながる可能性が大きいと考えられる内容を取り上げていただけないだろうか? と考え、ここに紹介することとした次第です。

もし、同種の問題をかかえる方々には、雑談を多くの分野の方となさることをお勧めします。

また、このような話を参考にされ、私やここに記載の事例を含めスキルフルな高齢者の才能を活かす新システムが多くの企業で成功していただくことを切望するわけです。

 

ちなみに、私が関与する釣りの会では80歳付近の方々までが、何らかの形で雑談から仕事を見つけたり、作ったりして元気に活動しています。

図のように、少子高齢化は避けては通れない問題である反面、高齢者が生き生きとした人生を送る時代です。

悩ましい内容ですが「ビジネスとは問題解決なり」の言が示すように、常に日本にいる我々に、知恵の活用が課題となることは変わらないからです。

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昭和45年から平成2年まで、日立金属㈱にて、全社CIM構築、各工場レイアウト新設・改善プロジェクトリーダー、新製品開発パテントMAP手法開発に従事。うち3年は米国AAP St-Mary社に赴任する。平成2年、一般社団法人日本能率協会専任講師、TP賞審査委員を担当を歴任する。(有)QCD革新研究所を開設して活動(2016年有限会社はクローズ、業務はそのままQCD革新研究所へ移行)。 http://www.qcd.jp/