破壊されたスイスの時計業界

破壊されたスイスの時計業界

1.アップルに破壊されたスイスの時計業界

2020年2月23日フォーブス・ジャパン(電子版)にインパクトのある見出しの記事がありました。
「アップルに破壊されたスイスの時計業界」技術革新の社会的影響を研究しているEnrique Dans氏の記事です。

 

氏の記事によると、2019年のApple Watchの販売数は、すべてのスイス製腕時計の販売数よりも多かったというのです。Apple Watchの販売数は3070万個です。前年の2250万個から36%増えています。それに対し、スイス製腕時計全体の販売数は前年比13%減の2110万個ほどでした。

Apple Watchが発売された2015年、タグ・ホイヤーの最高経営責任者(CEO)を務めるジャンクロード・ビバーは次のように語ったそうです。「スイスの時計業界はアップルの新商品を恐れていない。」

 理由は2つ。

・Apple Watchは100年後、あるいは80年後に修理することができない。
・Apple Watchは子どもに受け継がれたり、地位の象徴となったりすることも決してない。

 

皆さんは、この2つの理由をどう思いますか?気が付くことがありますね。Apple Watchを「高級時計業界」の判断基準で評価しているということです。Apple Watchを購入する顧客の欲求に焦点を当てていません。

 

Apple Watchは時間を知るためだけのものではなく、通知の受信や運動量の測定、天気予報の確認、スポーツ試合の結果確認、さらには不整脈の検知などが知れるという「新たな価値」を提供してくれます。

ビバー氏は、新たな価値を提供する時計が登場したという「変化」に触れていません。

 

Dans氏も次のように指摘しています。

ある業界で破壊が起きるときは常にそうだが、既存企業は脅威を認識できず、既に過去のものとなっている基準に基づき現状を分析しようとし続ける。

 

Dans氏は、Apple Watchは完全に別種の製品、デジタル環境に合わせた腕時計の再発明だとしています。

今後Apple Watchの使用者が増える一方で、優越感を振りまきながらスイス製高級腕時計を見せびらかす古い人間も存在し続けるでしょうが、そうした人も、一度Apple Watchを試せば、それも変わる可能性があるからです。

精巧な技術が使われ、地位の象徴だった腕時計は、もはや時代遅れになったとDans氏は断言しています。

 

携帯電話やスマートフォンが老若男女に普及した過程を振り返れば気が付くことですが、従来の考え方や判断基準にしたがった思考回路しか持てない企業や現場は生き残れないのです。

 

技術は日進月歩です。私たちが生業としている製造業は技術で戦っています。ですから、時代を読み、技術の進化を理解して、外部変化を見極めながら、仕事のやり方を変え続ければならないのです。従来からの古い判断基準、自分勝手な思い込みの判断基準、外部変化を無視した判断基準は即刻、捨て去る必要があります。

 

技術進化を考えると、スイス腕時計業界の規模縮小は不可避です。にも関わらず、古い判断基準にしがみつき、そうしたことに気が付かないのか、あるいは気が付かないフリをしているのか……。昔ながらの良いことを残す一方で、変えるべきことはしっかり変えなければなりません。

 

2.判断基準

儲かる工場経営の要諦は、「顧客に選ばれる製品(サービス)を効率よく造る」ことにつきます。つまり儲かるモノづくりは2つの条件から成り立っているのです。

1)顧客に選ばれる製品(サービス)があること。
2)それを効率よく造ること。

 

経済規模が右肩上がりで拡大していて、造れば売れる時代であるなら、前者がなくても儲かります。下請け型のビジネスモデルでも問題ありません。

90年代頃まで、今から20~30年ほど前の国内市場は、そういう状況だったのではないでしょうか。親企業も安定した経営ができていました。したがって親企業と「一心同体」でいっしょに成長できたのです。

 

しかし、時代は変わり、外部変化も、昨今、急激にその振れ幅を大きくしています。命運が親企業の動向で左右されるようでは、企業のトップとして枕を高くして寝ることはできないでしょう。

変化を機会として、自立的に変われる柔軟な現場でなければ生き残れないことは火を見るよりも明らかです。

 

そして、ここで問われるのが、経営者や現場が持つ思考回路とその判断基準です。

・判断基準が内側(社内)にあるか?
・判断基準が外側(社外)にあるか?

 

時代の変化を読み、顧客や市場の欲求を見極め、景気に左右されない儲かる体質の事業を設計するために、どちらが求められるかは言うまでもありません。

効率よく造るにしても、結局、顧客に選ばれる製品でそうしないと儲けにつながらないわけで、経営者と現場は「会社の外側にある判断基準」を共有しなければ持続的な成長は望めないのです。

 

皆さんはいかがですか?

スイス時計業界のように、内側ばかり見ていませんか?

 

3.判断基準が内側にあるとどうなるか?

弊社がご指導をしている企業様も、“判断基準”という観点で拝見すると、いろいろです。

 

ある素材加工メーカー(50人規模)の経営者は今、「新規製品」を生かした人時生産性向上活動を進められず苦労しています。「既存製品」へのこだわりが強いためです。

先代より引き継いだ事業を成長させることに貢献した「既存製品」であり、全社売上高の60%を占めているので、考え方が「既存製品」に引っ張られます。

 

従来のやり方が染みついており、現場もその考え方に影響を受けています。現場から「今までの仕事のやり方でも問題ないだろう」という発言もあります。判断基準が従来や自分です。そうした現場は変化を好みません。

しかし、「既存製品」の市場は縮小傾向にあるのです。経営者は「既存製品」に依存していては行き詰まる、「新規製品」とのバランスが大切であることは理解しています。が、仕事のやり方には生き様そのものも反映しており、変えることは難しいです。今も試行錯誤していますが、一部の幹部が意欲的な行動の一歩目を踏み出しました。

 

また、ある機械加工メーカー(30人規模)は、次世代へ向けて、人時生産性を高める仕事のやり方を模索しています。経営者は既存顧客に依存していては生き残れないと考えており、新規市場の開拓を目論んでいるところです。

現場に仕事のやり方を変えてもらおうとしていますが、その現場の一部のベテランから「納期を守ってしっかり仕事ができているのだから今のやり方で問題はない」との発言が出ています。

判断基準が顧客や市場の変化ではなく、“納期さえ守っていれば文句はないだろう”という勝手な個人的な思い込みに置かれているのです。

 

影響力が強い人物が現場改革へネガティブな姿勢を示すと、若手など一部の意欲的な人物の挑戦心が摘み取られます。多くの現場で見てきたので断言できる現象です。

ただ、この企業でも経営者の揺るぎない想いが、現場改革を進めようという雰囲気を生み出しつつあります。

 

付加価値額人時生産性を高める活動とは現場改革→意識改革→構造改革の3つの改革の連鎖、そのものです。特に最初の「現場改革」では現場の一体化、ベクトル合わせが欠かせません。

先の2つの事例のように、ベクトルが揃っていない現場に共通することは、現場活動に着手しても定着しないし、継続もできないということです。

ですから、弊社のご指導では、人時生産性を高めるプロジェクトに着手するにあたって、ベクトルをそろえる、この点を重視します。組織的に仕事を進めないと「改革」級の成果を手にできないからです。

 

ベクトル合わせとは判断基準を共有することであり、もっと具体的に言うならば、「判断基準を内から外へ変える」となります。顧客の価値観や欲求、市場の要望を判断基準にしないかぎり儲からず、生き残れないのです。つまり、経営者も現場も、もっともっと「外」を見て、知り、考えようということです。

 

時間を掛けても構いません。判断基準を「変えるぞ」という意思の下でじっくり見極めればいいのです。スイスの時計業界の事例でもそうですが、変化は急激にくるわけではありません。じわじわくるものです。

新たなトレンドが生まれ、流行ったかなと思いきや、消えてなくなったり……。そうしたなかで気が付いたら新たな流れができていた……。

時間をかけた変化だけに、逆に厄介であることは、「ゆでガエル状態」という言葉をご存じの方なら理解いただけると思います。スイスの時計業界のようにApple Watchを子供へ引き継き、修理が永年で可能な対象と見ている限り、変化に気づくことはありません。

 

4.時代の変化を読んで仕事のやり方を変える

判断基準はその組織の文化や風土をも決めるであろうことに異を唱える人はいないでしょう。経営者や企業、現場の紡いできた歴史の結果でもあります。

したがって、「変えろ」と言ってなかなか変えられるものでもありません。したがって、実践的には、次の2つに挑戦です。頭で考えることの前に、心で何かを感じさせることです。

・既存顧客へ新たな価値を提供して、判断基準を変える。
・新規顧客へ新たな価値を提供して、判断基準を変える。

まず、行動です。時代の変化を読んで、受注戦略を立案、それを実現させる体制とは?と考えます。

 

弊社の多くのお客様も、既存顧客へ圧倒的なリードタイムを提供することや新たな市場として海外へ進出すること等をターゲットに仕事のやり方を変えようとしています。

 

歴史と伝統はあるけれど、将来的にはじり貧だ……こうした状況にはなりたくないですね。Dans氏が語るスイス時計業界を他山の石としましょう。生き残るための思考回路、判断基準を共有してください。

 

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製造業専門の工場経営コンサルタント。金属工学の専門家で製造/生産技術、生産管理、IEにも詳しい。エンジニアの視点で課題を設定して結果を出し、工場で儲ける仕組みを定着させることを得意とする。コア技術の見極めに重点を置いている。 大手特殊鋼メーカーで20年近く、一貫して工場勤務。その間、エンジニア、管理者としての腕を磨く。売上高数十億円規模の新規事業の柱となる新技術、新製品開発を主導し成功させる。技術開発の集大成として多数の特許を取得した。 その後、家族の事情で転職し、6年間にわたり複数の中小ものづくり現場の管理者を実地で経験した。 大手企業と中小現場の違いを肌で理解しているのが強み、人財育成の重要性も強調する技術系コンサルタントである。 技術立国日本と地域のために、前向きで活力ある中小製造企業を増やしたいとの一念で、中小製造業専門の指導機関・株式会社工場経営研究所を設立。現在、同社代表取締役社長。1964年生まれ、名古屋大学大学院工学研究科前期課程修了。技術士(金属部門)