晃祐堂はコア技術をしゃぶりつくし価値を生んでいる

晃祐堂はコア技術をしゃぶりつくし価値を生んでいる

顧客がメーカーであっても、消費者であってもコア技術の見極めが大切、商品企画が生きるのもモノづくり力次第であり、お金を生み出すためにコア技術をしゃぶりつくす、という話です。

 

1.コア技術に始まり、コア技術に終わる

 

モノづくり現場ではコア技術を磨き続けます。

したがって自社のコア技術をしっかり把握しておくことが必要です。

 

強みを生かすためにコア技術に経営資源を集中させます。

そしてコア技術を生かせば、低いリスクで応用分野へ挑戦できます。

コア技術の裏付けを持って、新規分野へ進出、海外へ積極的な拡販活動を展開し、商圏を拡大させることが可能となります。

 

歯車メーカーである菊池歯車は自動車や建設機械分野で培ったコア技術により航空機分野への進出を果たしました。

コア技術で海外取引先を拡大できた菊池歯車

 

将来展望を描くには、まずコア技術を把握することから始めます。

自社では気が付かない強みもあることに留意します。

お客様に直接に聞いてしまうなど、第三者に評価してもらうのも手です。

 

現場も自分たちの強みを理解でき、カイゼンのテーマが首尾一貫させられます。

その結果、コアが育ちやすくなります。

「コア技術に始まり、コア技術に終わる。」

モノづくりの現場ではこれが全てであると考えています。

 

コア技術戦略では商品よりも固有技術に注目して、商品の多角化を狙います。

特定の市場に依存している状態は、ふと気が付くと居心地が悪いものです。

その業界の影響をもろに受けるからです。

 

こうした状況を避けるには、なるべくかかわる業界を増やす、つまり市場の多角化を図ってリスクを分散することが望ましいです。

 

技術と市場(商品)との組み合わせから事業の方向性は2つあります。

  • 独自技術の分野をどんどん広げて、特定の市場(業界)に集中する。
  • 独自技術はコア技術に集中し、関連する市場(業界)を広げる。

 

外部環境や自社の保有する固有技術によってどちらの方向性も可能ですが、まずはコア技術を意識した後者の戦略を考えるのがリスクが低く、自社工場の経営資源を効果的に生かせます。

 

先の菊池歯車がそうです。

歯車を製造する技術により、自動車、建設機械→航空機と広げました。

顧客がメーカーとなる産業財での事例です。

 

一方、顧客が消費者であり直接に市場と向き合った消費財でも同様な事例はあります。

 

2.書道・化粧筆のメーカー「晃祐堂」

 

広島県熊野町に本社を置く株式会社晃祐堂は1979年創業の書道や化粧筆を製造販売しています。

従業員数は約90人、2016年6月期の売上高約7億円の規模です。

 

晃祐堂の地元では書道筆の伝統的工芸品「熊野筆」が江戸時代から続く特産品です。

晃祐堂は創業当社は書道筆メーカーでした。

晃祐堂はコア技術をしゃぶりつくし価値を生んでいる

その後、2000年代に化粧筆に本格参入しましたが、後発だったので国内市場で参入できる余地は大きくなかったようです。

 

そこで、晃祐堂は2つの戦略を考えました。

  • 海外市場の開拓
  • 独自商品の開発

 

土屋武美社長は次のように語っています。

 

「既存のメーカーと一線を画す面白いことをしなくてはという思いがあった。」

(出典:日本経済新聞8月8日)

 

同社のHPに「筆へのこだわり」というページがあります。

「こだわり」という単語が多く使われていて、モノづくりにこだわりを持っている姿勢が感じられます。

 

  • 従来の化粧筆にはヤギなど1種類の動物の毛しか使われていなかったが、同社では書道筆に使われる50種類の動物の毛の中から柔らかさなど化粧に合う毛を選び混合している。
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  • 化粧筆の穂首の毛先をカットしない製法とカットする製法があるが、同社では極上の肌ざわりを実現するため、毛先をカットしない製法にこだわっている。
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  • 筆職人による「工場での検品」と、「最終検品」の2段階の検品工程を定めて、筆職人も納得する上質なメイクブラシのみを提供している。
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  • 同社の化粧筆は書道筆の技術を汲んでおり、機械生産では不可能な「細部までにこだわった製品」を製造できる。

 

熊野の筆づくりの職人である「筆司」。

中でも筆づくり経験が12年以上あり、優れた技術と経験を持つ職人の中から筆づくりの名人として認められた職人には「伝統工芸士」が認定され、同社には3名の伝統工芸士がいるそうです。

 

伝統的な製造技能に裏付けられたモノづくり力をコアにして、固有と管理、それぞれの技術を生かしているのがわかります。

 

さらに、同社ではコア技術を新たな市場(化粧筆)で生かすために同社独自の商品開発を進めました。

それは商品づくりに「カワイイ」という価値観を加えたことです。

従来の化粧筆が持っていた「高価」「近寄りがたい」という伝統工芸品のイメージを変えることを狙って、思わず手に取ってしまいたくなるかわいらしいデザインの商品をそろえています。

 

HPを見ると納得します。

女性ならばついつい欲しくなるようなデザインの商品の数々が並んでいます。

 

主なターゲットは海外であり、海外でこうした商品設計が若い女性に受け入れられています。

同社では現在の海外売上高比率は数%ですが、それを早期に10%までに引き上げ、さらに50%以上を目指しています。

(出典:日本経済新聞8月8日)

 

伝統工芸品である熊野筆を扱っている同社が、新規参入する市場においては、従来の伝統を打ち破る新たな価値観を商品づくりに取り入れたところがとても興味深いです。

 

  • 国内市場で後発であっても、コア技術が明確であるモノづくり事業ならば新規市場を開拓できる。
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  • また、伝統的な分野で一見成熟した市場であっても新たなニーズを発掘すれば商圏広げられる。

こうしたことを同社の事例は教えてくれます。

 

産業財とは異なり、消費財で付加価値を高めようとするならば、消費者自身がまだ気が付いていないニーズ、潜在的なニーズを捉えるのがカギです。

 

簡単なことではないですが、消費財を対象に付加価値の拡大を考える時の方向性のひとつには間違いはないです。

 

3.モノづくり力があるから企画が生きる

 

晃祐堂が化粧筆という伝統的な工芸品の分野へ「カワイイ」という考え方を新たに加えたことは画期的なことであり、海外の若い女性という新たな顧客を創出しました。

晃祐堂はコア技術をしゃぶりつくし価値を生んでいる

伝統的な商品を扱っていた同社がこのような「尖った」発想を生み出したところは大いに学びたいです。

 

その一方、こうした「尖った」商品企画もやはり、モノづくり力に裏付けされたからこそ生きてくるところにも注目すべきです。

 

モノづくりは自社ではなく外注でとなると、ここまで魅力的な商品には仕上がらなかったはずです。

出荷までに2度の検品というこだわりは自社で製造工程を持っているからこそです。

また、同社では昨年稼働した熊野町の新工場に、見学コースを設け訪日旅行客へのアピールも強化しています。

(出典:日本経済新聞8月8日)

 

モノづくりの現場は最大の営業マンです。

自社独自技術に自信がなければ不特定多数の消費者相手に現場を公開することはあり得ません。

 

自社工場を知ってもらうことで、商品を身近に感じ、自分たちのこと知ってもらい、つまりは自社のファンになってもらいます。

そうしたファンは自社製品をリピート購入してくれます。

 

モノづくり力をお金に換える工夫を同社では全社上げて実践していると感じます。

自社のコア技術をしっかりと見極め、そのコア技術をしゃぶりつくします。

コア技術からお金を生み出すためです。

 

「コア技術に始まり、コア技術に終わる。」

生産財であっても、消費財であっても、モノづくりの現場ではこれが全てであると考えています。

 

まとめ。

顧客がメーカーであっても、消費者であってもコア技術の見極めが大切、商品企画が生きるのもモノづくり力次第であり、お金を生み出すためにコア技術をしゃぶりつくす。

 

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出展:株式会社 工場経営研究所 伊藤哉技術士事務所


製造業専門の工場経営コンサルタント。金属工学の専門家で製造/生産技術、生産管理、IEにも詳しい。エンジニアの視点で課題を設定して結果を出し、工場で儲ける仕組みを定着させることを得意とする。コア技術の見極めに重点を置いている。 大手特殊鋼メーカーで20年近く、一貫して工場勤務。その間、エンジニア、管理者としての腕を磨く。売上高数十億円規模の新規事業の柱となる新技術、新製品開発を主導し成功させる。技術開発の集大成として多数の特許を取得した。 その後、家族の事情で転職し、6年間にわたり複数の中小ものづくり現場の管理者を実地で経験した。 大手企業と中小現場の違いを肌で理解しているのが強み、人財育成の重要性も強調する技術系コンサルタントである。 技術立国日本と地域のために、前向きで活力ある中小製造企業を増やしたいとの一念で、中小製造業専門の指導機関・株式会社工場経営研究所を設立。現在、同社代表取締役社長。1964年生まれ、名古屋大学大学院工学研究科前期課程修了。技術士(金属部門)