技術バカは会社を滅ぼす

技術バカは会社を滅ぼす

この話は、「技術的取り組みは素晴らしいように見えるが、改善の成果が結びついていない」という相談に対して、F氏がC社を訪問した時の内容です。

相談の内容は、「ご承知のように、うちの開発者は博士号が多い。しかし、研究成果がサッパリです。成果に結びつく対策の相談に乗っていただけないでしょうか?」というものでした。

新製品の定義

では、F氏を前にした会話を紹介することにします。

要点は「技術専門家は必ずしも経営に貢献する行動を取っていない」という点です。

「研究開発に力を入れているのですが、象牙の塔方式が蔓延して、なかなか新製品のテーマが実現しないのです。Fさんこの状況をどのように見ますか」

「意見の前に質問はよろしいでしょうか?」

「ハイ」

「研究開発テ-マをどのように評価し、進めておられますか?」

「技術的に新規で、当社にとっては新しく、しかも時代の先端を行くこと、をベースに研究と開発を進めていますが、研究開発を行う人々が仕事に追われていて、なかなかテーマが思うように進まないという状況です。どのテーマも後発になり、他社に遅れをとったり、時にはテーマの検討にもヌケが多く、製品を出してからクレームの対応に追われたりして大変です」

「そうですか。それは残念です。ところで、御社では新製品をどのように定義されていますか?」

「そうですね、『技術的に最先端の良品を短納期生産する対策』です」

「そうですか。新製品の定義のご質問をしたのには、実は理由があります。私が開発部に所属していた頃に、新製品のテーマ定義と研究テーマの評価の検討をした時の体験談が役に立つと思うので、お話しましょう」

 

新製品開発に必要な視点

昔のことですが、研究開発関係者を集め、研修会の名を借りて、『研究体制をいかに効率化すべきか』を討論したことがありました。

カ-ドに多くの用件を書きあげて討論し、まとめていったわけですが、結論が出ず、話は堂々めぐりする状態でした。

 

このため、実際に新製品として成功している製品を対象に新製品の内容を探り、定義をしよう、ということになりました。空理空論で個人的な主義、主張を討論しても何もならないと考えたからです。

当然のことですが、研修は宿題を出す形で集まりました。長時間の討論になりましたが、結果は“売れる製品を作っているか?”という単純なものでした。

ところが、この評価で現在抱えているテ-マを評価したところ、テ-マは1/3になったのです。

 

『売れる』という言葉は現在の用語になおすと、CS(顧客満足)を意味します。技術的にどんなに面白く、高度でも、実際にその技術や商品を買っていただける方がいないのでは無意味。その評価は『1テ-マ1億円/月の売上につながるものである』と決めたものが開発テ-マを絞る結果となりました。

 

新製品開発には、確かに予想しない販売となる例があります。たまごっちやフラフ-プと言った、レジャー製品にはこの種のものがたまに発生することがあります。

しかし、私が勤めていた材料や自動化の設備を販売する企業では、ギャンブルのように一発ヒットを狙うテーマはほとんどありません。従って、技術者がアイデアを発想するのは不要なわけです。

でも、一応は市場を調べ、予想ができない使い方が想定されるのであれば、テストサンプルを可能性のある顧客に提供して、確かめてから、顧客の声を取り入れる形で製品化を図るべきだと思います。

先の会議ではそのような話でテ-マをバサバサと切っていったわけでした。

事実、切ったテ-マが、隙間産業では小さい規模で話題になったこともありました。ですが、驚異になる程の市場規模にはならず、やはり、「当社で取り上げなくて良かった」という結論になりました。

 

私をはじめ、新製品開発に当たった者たちは、顧客の立場に立った新製品開発の必要性を強く感じた次第です。同時に、この評価で顧客志向の新製品開発が急激に進みましたが、全て成功です。なお、この種の検討結果をまとめたものが下の図です。

▼VOCと技術企画面の対応
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顧客志向の成功例

このような例は、この種の相談に多く見ることができます。

最近の例を挙げると、不況の時、自動車の不要機能をバサバサと切って、値段を下げた取り組みがあります。

 

消費者の不満に対応

これは、消費者の方々から不満として出ていた要求に対する対応です。

当時、「メーカーは余計な使わない機能を自動車に搭載させ、勝手に値段をつり上げて来た。消費者だましである!」と言っておられた方々が沢山おられました。バブル崩壊後の反省です。

この対策を早急に進めたメーカーT社やH社が、海外への輸出車の低価格部品を使う共通部品化で新車開発に対応し、低価格の自動車を世に出したことが評価を受け、シェアを伸ばして行った話は有名です。

 

このような取り組みは、その後のリサイクル対策の面でも重要な内容として取り扱われました。

要は、開発の度に部品を改造する、特殊化する、そのようになってしまった結果、中古車の部品を沢山抱えても、対象車種が少なければ、部品の在庫を持っていても利用できない。従って、捨てる。

最も、車の場合は鉄板を溶解すれば良いと考えるかも知れませんが、ここにCO2の問題が関係します。作らなくても良い部品を生産するだけ炭酸ガスを製造するわけですから、地球環境には悪い影響を与えます。

 

このことに気が付いたT社は賢明です。コマーシャルも変えました。

メーカー発想の考え方からすれば、今までやっていなかった安全テストのテレビコマーシャルは意味があるかも知れません。

 

しかし、今や、顧客は安全が保証されているものと考えています。安全のコマーシャルは自動車産業では当然。また、重要な保証対象ですのでカタログや購入時に説明すれば良い程度の扱いです。顧客の側からすれば、「第一、今まで売っていた車の安全はどうするのか?企業にP/L問題で訴えれば、改造などの保証をしてくれるのか?」という疑問が生まれます。

それよりも、車の安全運転を訴えて、正しい運転を教育する努力に努力する方が懸命ではないでしょうか?どんなに安全な車でも、英国のダイアナ妃が亡くなられた様に、スピードが限界を越えては安全構造も無意味です。

 

今のようなエコ重視の時代から見ると奇異なことですが、多くの企業が環境をベースに車の販売コマーシャルに切り替える1年前、ある企業の方に同じ話をしたところ、即座に提案は拒絶されました。重役会で、「環境問題をコマーシャルにするのは顧客のイメージが悪い!」という決定になっていたためでした。「顧客や市場の感覚とズレている!」と、当時、私は思った次第です。

ですが、ある優良メーカーはこの時に一早くコマーシャルを変え、車の売上を伸ばしました。また事実、この企業では、他にも顧客志向の取り組みには実務的な手を打っておられます。

 

顧客志向、現場主義の徹底

では、その取り組みを例示したいと思います。

先般、タクシーに乗った時のことです。そのタクシーの運転手の方はこの前まではハイヤーの運転をされていたそうです。その方のお話はこうでした。

「ハイヤーが売れるキーポイントは何かご存知ですか?」

私にはその意味がわかりません。そこで教えていただいたわけですが、

「それはね、運転のしやすさはどこのメーカーも変わらないでしょ! 夜遅くなってもハイヤーは必ず、車を洗浄します。その時間が早い、要は、車の水切れ時間が早いことがキーポイントということです。T社の車は30分他社より早いのです。運転手仲間では有名です。夜の30分の差は貴重です。ですから車購入の時、持ち主が固執しない限りにおいては、T社の車を進言します」

ということでした。

 

このような声を現場から吸い上げて、現実の製品に活かしているので、不況にも売上、収益ともに史上最高を出しています。なお、この種の調査に売上対比の10%の研究開発費も投入しているそうです。

「なるほど、その様なことがT社の新製品開発の基盤になっているわけか? 現場主義が徹底しているな! わが社も反省させられる話だ」

「参考になれば幸いです」

私は、そのタクシーの運転手さんにチップを多めに出しました。

「顧客志向の教育のお礼です」と言ったわけですが、快く受け取っていただきました。

まとめ

「良いもの、技術的に優れたものを作れば売れるという神話は変わった」という注意は今や産業界の常識となっています。F氏のお話は、このことを相談された企業にやんわりと伝える内容です。

そこで、類似の例を下に紹介しますのでご参考ください。全て、技術的には社内で了承されるが、顧客側から見ると反発を買う例と、技術専門家が専門技術にはまり過ぎた結果判断を誤った例ですが、いずれも「技術バカは会社を滅ぼす」という内容の事例です。

A社の例

社内で調味料の売上増進にアイデア募集をした。穴を大きく、増やす提案が優秀賞を取った。この案を実施し、各所の改善発表会でPRすると、消費者団体が「顧客をコケにしている!」とこのニュースに怒った。結局は、その成分に血圧を高める物質があり、「毒を売る企業である!」という評価まで付けられ、売上は激減した。

B社の例

学者を呼んで企業を増強させる策を取った。メーカーとしては良い。しかし、学者の評価とはレポートの数であり、研究会への参加だった。また、定年後に大学へ教授として移ることが目的にあったので、研究面では有名になったが、顧客の意見をいれた製品……つまり、学問的には意味があるかもしれないが、顧客のニーズに結びつく新製品テーマではなかった。また、担当重役は退任、実務的な研究に戻されたわけであった。

 

▼失敗事例解析:他山の石解析
有名大型コンピュータ企業における20世紀の5大発明と、意思決定の失敗

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昭和45年から平成2年まで、日立金属㈱にて、全社CIM構築、各工場レイアウト新設・改善プロジェクトリーダー、新製品開発パテントMAP手法開発に従事。うち3年は米国AAP St-Mary社に赴任する。平成2年、一般社団法人日本能率協会専任講師、TP賞審査委員を担当を歴任する。(有)QCD革新研究所を開設して活動(2016年有限会社はクローズ、業務はそのままQCD革新研究所へ移行)。 http://www.qcd.jp/