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慶応大学 寺坂教授インタビュー 無限の可能性を秘める微細な泡 ファイン...

慶応大学 寺坂教授インタビュー 無限の可能性を秘める微細な泡 ファインバブル研究の最前線と産学連携

 微細な泡を意味する「ファインバブル」は、日本で研究が始まり、ハイテク産業から製造業、飲食料品、農業、漁業など広い産業分野で応用が広がり、将来的には世界で2兆円の産業と言われる有望技術です。また未解明の部分が多く、新たな技術や研究が産業界に還元されるサイクルもできていて、多くの研究者からも注目されています。
 ファインバブルの可能性と研究の最新状況について、日本におけるファインバブルの第一人者にして、ファインバブル学会連合理事長とFBIA(ファインバブル産業会)理事を兼務する慶應義塾大学 理工学部応用化学科の寺坂宏一教授に話を聞きました。

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–ファインバブルの研究は昔からあったのですか?

 ファインバブルとは極めて小さな泡で2012年以降、「液体に囲まれた気体からなる100ミクロン以下の小さな粒」を表す呼び名として使われています。サイズに関わらず泡(=バブル)は物理学、化学、生物他、広くサイエンスで非常に古くから取り上げられた研究テーマです。お湯を沸かした時に出る蒸気の泡の研究は発電所設計に活かされ、炭酸気泡を水に溶かす研究は地球温暖化対策技術等に役立っています。しかし水中に直径が1ミリメートル以下の泡を低コストで大量につくることは簡単ではありませんでした。

 ところが1990年代になると、おおよそ直径数十ミクロンの泡「マイクロバブル」が簡単に作れる装置が開発されて実用化が始まり、マイクロバブルの研究も一気に広がりました。マイクロバブルには従来の泡では見られなかった現象や性質があり多くの研究者のモチベーションが高まりました。さらに1996年頃からマイクロバブルは新聞やテレビなどのマスコミでも取り上げられることが多くなり最初のブームを迎えました。広島の牡蠣養殖にマイクロバブルを活用し、夏に収穫できるまで牡蠣の育ちを速め、生牡蠣の付加価値向上や牡蠣養殖業者の安定経営に寄与しました。また大型公衆浴場などでもマイクロバブルバスが良く見られるようになりました。

–これに続いて出てきたのが、ナノサイズの微細気泡ですね。

 マイクロバブルよりも小さな泡「ナノバブル」は2000年頃から知られるようになってきました。マイクロバブル発生器メーカーが自社のマイクロバブルよりももっと微細化しより際立った効果を期待して開発が行われました。そしてもはや小さすぎて全く見えないナノバブルが市場に登場しました。ナノバブルは工場からの有害廃棄物の処理などに早速活用され効果も確かめられました。しかしサイエンスの世界ではナノバブルがなぜ存在しうるのか等の説明が難しく、未だに議論は続いています。小さすぎて直接には目や顕微鏡で見えないので研究が難しいからです。
その困難さを利用して、ナノバブルの有無を確認せずに「ナノバブル入りと謳った水」が商品として市場に出てきました。消費者には見分けるすべがありませんから市場自体の信頼を失いかねない状況になりました。

 このような懸念を払しょくするために、2012年にファインバブルに関係する発生器メーカー、計測器メーカー、応用メーカーが「ファインバブル産業会(FBIA)」を設立しました。ファインバブル産業会は、日本工業規格(JIS)よりさきに国際標準規格(ISO)で「ファインバブル」の標準化を目指すように経済産業省の指導を受け、2013年にISO内ファインバブル技術委員会(TC281)の設立に成功しました。

TC281では球相当直径が100ミクロン以下の気泡を「ファインバブル」と定義し、その他の気泡と区別しました。「ファインバブル」のうち、直径1~100ミクロンのファインバブルを「マイクロバブル」、直径1ミクロン以下のファインバブルを「ウルトラファインバブル」と呼ぶことで合意し、直径によって明確に呼称を分類しました。

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 ここで「ナノバブル」の名称は採択されませんでした。既存のISO規格で接頭語「ナノ」は「直径0.1ミクロン以下」を表すこと、ヨーロッパでは「ナノ」が「ナノリスク」という悪いイメージを連想すること、日本で信頼性に疑問のある「“ナノバブル”を冠した製品」が発売されていることが主な理由です。こうした理由からFBIAでは「ウルトラファインバブル」に関する主な標章を登録し、信頼できる企業や製品のみに標章の使用を認めることにして、市場の信頼をえる工夫を行っています。

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–なるほど、そうした経緯があったのですね。先生はいつから泡の研究を専門にされているのですか?

 慶應義塾大学や大学院では、シロップのような高粘度液中に注入される泡の研究に取り組みました。その後ガラスメーカーに入社し工場現場のエンジニアとして働いたのちに慶應義塾大学大学院に復学し、気泡と液体との化学反応装置設計に関する研究で工学博士をとりました。修了後、化学メーカーに再就職して研究員として気体と固体との化学反応装置の研究を担当していました。そして縁があって慶應義塾大学の教員として戻り、泡に関する工学的な研究を継続することになり、最近はファインバブルに関する研究を推進しています。
 以上のように私は純粋な大学研究者ではなく、複数の企業で研究者やエンジニアとして育てていただきました。学術をベースとしながらも、産業界目線の研究テーマ立案、研究成果の社会還元、健全で有意義なマーケット育成で社会に貢献していきたいと考えています。

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–これまでどんな研究をされてきたのですか?

 泡を使った化学反応器に関係のある研究を長年行ってきました。ガスを液体に高速に溶かす技術やその理論構築を行っています。一方でファインバブルと出会って以降は、ファインバブルの製造技術よりはむしろファインバブルの性質の理解やアプリケーションの提案に関する研究を推進しています。

食品へのアプリケーションではワインやお茶などに含まれるポリフェノールをファインバブル表面の疎水性を利用して分離する研究、食品メーカーとの共同研究で口当たりが良くカロリーが少ない新しいマヨネーズの開発などを行っています。
排水処理へのアプリケーションでは、排水中の微粉をマイクロバブルの表面の帯電を利用して浮上分離させたり、空気のマイクロバブルで生物化学的処理を促進したり、オゾンマイクロバブルで余剰汚泥を削減したりなどの技術も発表してきました。
 洗浄へのアプリケーションでは、空気と超純水からなるウルトラファインバブル水をつかうと、壁にくっついた塩やデンプンなどが速く剥がしとれることを調べました。
 他にもウルトラファインバブルが水中で長く安定に存在し、希釈も可能な性質など、独特の興味深い性質も研究しています。
 
–こうなるとファインバブルの研究をもっと進めなければなりませんね。

 NEXCO西日本ではウルトラファインバブル水を洗浄に使っています。水の使用量が従来よりも減り、薬品を使わずに汚れが早く落ちるということで積極的に活用しているそうです。しかしそのウルトラファインバブルの洗浄メカニズムの全容は解明できていません。
ウルトラファインバブル水の葉物野菜や生姜の生育促進など農業利用や、釣り上げた魚を新鮮なまま陸揚げする技術なども注目されています。こうした研究にはファインバブル発生器開発を担う流体力学研究者だけでは難しく、生物学、農学、海洋学の研究者との相互連携が必要です。

 そこで2015年に学術分野を横断した泡に関係する学会、分科会、研究会および産業会の加盟により、「ファインバブル学会連合(FBU)」を設立しました。現在、混相流体工学、気液固分散工学、化学工学、超音波化学など異分野の専門家がここで情報交換を行い、ファインバブルの学術の将来を担う人材の育成に取り組んでいます。
 ファインバブル産業がこれから永続的に社会に根付くためには、ファインバブル産業会が担う工業化や市場の健全化だけでなく、ファインバブル学会連合が担う科学技術の発展と新しい人材の教育と育成が必須です。両者はお互いにファインバブルの発展を促す両輪として重要です。
産業界で関心をもたれた方はFBIA、学術界で興味を持たれた方はぜひFBUへの参加を検討していただき、これからもご協力をいただければ幸いです。

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ファインバブル学会連合
ファインバブル産業会(FBIA)


1975年群馬県生まれ。明治大学院修了後、エレクトロニクス業界専門紙・電波新聞社入社。名古屋支局、北陸支局長を経て、2007年日本最大の製造業ポータルサイトで編集長を務める。2015年3月〜「オートメーション新聞」編集長(現職)。2016年5月〜「ものづくりニュース by aperza」編集長兼任。 趣味は釣りとダーツ