企業の重役は真の顧客? 新製品の決定は重役だけの意思決定で良いか?

企業の重役は真の顧客? 新製品の決定は重役だけの意思決定で良いか?

筆者が新製品の研修会、新製品を検討する指導会へ講師として呼ばれる時、必ず行う質問があります。

「貴社の新製品の定義をどのように定めておられますか?」

こう問いかけると、意外にうまい答えが返ってこない企業が多いです。そして、それでも答えを求めると、概略、次のような回答となります。

  • 技術的に新しい取り組み
  • 他社には新しくないが、当社には新しい分野への参入
  • 研究所が取り組むテーマ
  • 最先端と言われている分野への参入
  • 今ある製品の改良であって新規顧客開拓につながる内容
  • その他、新技術の導入など

筆者はこのような定義をお聞きしてから講義に入るわけですが、新製品開発に当たられる方々が新製品選択の重要チェック事項として定義を活用すべきことをお話した後で、自分の定義をお話することにしてきました。

なお、これから紹介するE氏も同じ仕事をされてきた方ですが、この方の解説は次のような内容であり、筆者と同じ対処をされてきたので、ここに紹介することにします。

新製品が必要な理由とは?

まず新製品はなぜ必要なのでしょうか? 昔、この討論に夜を徹して討論したことがあります。

高度経済成長の時でした。新製品を生まなくても企業は何とかやって行ける時代でしたが、結論は“新製品は明日の企業を支える柱である!”ことに気がつきました。

下の図に示すように、製品にはライフサイクルがあります。

ライフサイクルは技術の進歩、顧客の趣向の変化、ライバル会社の台頭、などいろいろあります。製品に改良を加えていないと、やがてはその製品は世の中で使われなくなります。

したがって同じようなものを製造していても日々改善が加えられていて、時代、顧客の要求、技術の変革やコスト面で競争力があるように工夫改善が必須です。仮に、この対応を怠ると、やがて売れない製品づくりに陥ることは、ある意味で『自然の理』と考えます。

 

▼製品ライフライクルと日本におけるものづくりの変化
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新製品の定義とは?

先の不況で、ある企業がある新聞報道で“モノが売れない時代に開発スピード向上は不要!”ということで、乗用車の開発スピードを遅らせる方針を取りました。しかし、不況の中で売れたのは新モデルを発売したライバル企業だけでした。

当然のように、開発費の削減と活動の低下が販売とシェアを大きく左右した例です。その結果、結局ここでは反省、今は無理しても開発費を増額し、開発スピードの上昇に努力を始めているようです。

このように物事を見ますと、「販売量は客ようが好まれる製品に投票しておられるようなもので、結果が売上となる」原理を示すように思います。要は、新製品は顧客ニーズに合う製品の研究と創出を、常に、どのように行うか? ということになります。

長い話になりましたが、先の新製品の定義はこれでお判りになったと思います。昔、私たちは企業が抱えているテーマを全て棚卸しするというプロジェクトが組まれ参加したとき、要は“売れる製品を開発・造る目標をしているか?=新製品”という定義をしたことがあります。

今なら“買っていただける製品を企画・創出・生産・改善していますか?”ということになると思います。

当時、このような定義を若手が集まり決めたわけですが、私を含めた、開発の仕事で毎日忙しく時を過ごしていた開発担当者はハッとした次第です。

新製品開発の戦略

要は「お客様に歓迎される製品をつくっているか?」がテーマとなるわけですが、私が関与したプロジェクトでは、新製品を開発している努力、売れる希望は良いが、顧客を決めて技術開発を行っているテーマはどれとどれか? をチェックに使い、まず、顧客のニーズを調査し、テーマの絞り込みを行いました。

その結果、現在、研究テーマとして努力中のテーマの 3/4 が顧客ニーズに適合するには充分ではないことがわかりました。

努力とは目標達成の可能性があって力を注ぐことを言います。目標達成の可能性がないのに力を注ぐ行為はムダです。定義をしっかり定めないで製品の開発を行う行為は無駄である、というのが当時の結論でした。

しかしその後、このような活動で研究テーマは確実性が高まり、その後3年間で利益の 25%を確保していましたが、この成果は、「新製品開発とは?」という見直しで戦略がはっきり決まり、研究者の力も集中出来た結果だと思います。

今は、このような事例を産業界に紹介したためか、各社の新製品開発テーマ選択の場に呼ばれることがあります。

顧客とは誰なのか?

基礎研究テーマは別として、ここで製品開発に当たって、感じることは、顧客は誰か? という疑問が生じることがありますので、その点に解説を加えたいと思います。

その理由は、新製品の各重要局面における意志決定が、意外に『重役の発言と提案を裏付ける形』で進められる。否、関係者が給与をくれる上司の意向に合わせて研究やメーカー発想(内部志向)で事を進めていないか? というケースです。

もし、意思決定を行う重役の方が80%程度でも売上に貢献してくれる需要顧客の意見を代表しての発言ならともかく、個人の経験から判断される場合は危険性が高いと考えるべきです。

素直に顧客のご意見を拝聴してから意思決定される方が良いのではないでしょうか?

とある企業での大きな判断ミスの事例

この種の例として過去の事例ですが、ある企業で大きな判断ミスがあった例を紹介したいと思います。

対象顧客の見誤り

1980年初期の頃、現在パソコンが生まれる前のことです。

「ソード」というパソコンの卵のような機種がつくられ販売された時代ですが、当然、今のワープロやパソコンと比べると性能は比較にならない内容でした。

具体的には、図表が作成できる、素人でも印刷屋さんに頼む程度の立派な印刷ができるという種類の装置でした。価格は70万円程度と、当時としても安くはありません。

このような新製品の販売可能性に対し、ある大型コンピュータを製造している企業でも当然ともいえるマーケット調査が行われました。結果、営業を通しての調査の結果は「あんなものは売れない!」という判断でした。

しかし、実情はこの会社の意思決定内容を裏切る形でこの機器が超とも言うべき大量販売で市場は進みました。このため、「この企業の判断がなぜ間違ったのか?」早速、関係者で各種の調査が開始されました。

その結果、営業の方が現在抱えている大型コンピュータの顧客より意見を集めた内容は、新製品に否定的でした。

当然のことですが、「大型コンピュータとの性能の差異、対象業務から見ても見劣りする内容でしたので、専門家と言われる既存市場関係者が否定的であり、ここだけを対象市場と定めた調査結果を基にした判断だった」ということが大きな要因でした。

しかしその後の調査の結果、この機器を購入した対象顧客が、従来この企業が対象にされていた対象顧客とは全く異なることがわかりました。コンピュータの専門家はこの種の機器は購入しません。しかし事務を担当し、資料を作成する人達は美しく、しかも同じようなよう式で資料を作成、一部変更する仕事が多い部門の方々には投資メリットが大きかった。

実は、印刷機械の原盤作成器、清書の道具として活用していたわけです。

 

▼VOC対策の中身(狙い)に想定される内容
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顧客ニーズを正しくつかむこと

コンピュータの専門家から見ると「実に幼稚でつまらない仕事」に見えた内容も、使用者にとっては意味のある内容でした。特に、データを入れると綺麗なグラフを作成してくれる機能は使用者に好評でした。

ある方は、「W/Pの生産はこの機器がダミー的なマーケット調査の働きをしてくれた。このため、顧客のニーズと共に新たなマーケットの創造が出来た。」とお話されたのを聞いたことがあります。

この事例は、売れるものの確認を従来の企業判断で行っていた反省と、顧客ニーズを正しくつかむ方法論に誤りがあった反省として、今でも著書や研修会で語られる内容です。

企業間競争の時代から製品が市場で競争するという時代へ

上図をご参考下さい。CS(顧客志向)という言葉に代表されるように、『売れる製品をつくると言う定義が新製品開発の定義である。』という考え方は、現在では、産業界の通年になっています。

かつて、企業は製品に企業の名をつけ、企業の名が製品の品質や信頼性を勝ち取ってきました。しかし、製品の品質の差異が少なくなった今、顧客が製品を購入する動機は次のような理由になっていると言うアンケート結果もあります。

  • 製品の機能、良さを見て購入する。
  • 企業の名を見て買うのでなく、製品が顧客の要求に合っているか?否かであって企業名は最近は関係が薄い。
  • 小さな企業でも特徴があり、アフターサービスが良い企業の方が顧客の信頼が高い。

このような内容を見ると、企業間競争の時代から製品が市場で競争するという時代に変化しつつあるように思います。

事実、かつては企業名=製品名でした。しかし、この頃は家電製品、AV、P/C、自動車などに見られるように、製品の名称はわかるのですが企業の名称はカタログ、保証書を良く見ないとわからないものが多い状況です。

この現象は正に製品の良さが製品名称、イメージと共に他の製品とは異なる主張をして市場で競争している状況を示す例です。
企業が親、製品が子供とした場合、子供が自分の名前で市場に登場し、堂々と親の名を借りずに特徴を主張し、勝負しているような形態を示すように思います。このような現象を見るにつけ、顧客志向の大切が益々大切になって来ているように思う次第です。

多種少量、技術を生かし異分野の市場へ参入する企業が多い現代、企業名が障害になるとは言いません。製品が製品の良さを主張することで販売を伸ばす、という見方が正しいように思います。

米国の大学で導入されている研修

このような研究を示す一つの例として米国の大学で指導している興味深い研修の方式を紹介したいと思います。

演習は20名。講師を入れると21名ですが、講師はレフリー役になり3(グループ)×6名の編成と2名は顧客となり、レゴ・ブロックを用いて自動車を 1.5 時間で造ってもらう研修です。

先生はただ一言「顧客志向の大切さ」です。顧客の紹介をしてゲームに入ります。顧客担当の研修生には、お茶を飲みながらロビーで待機しています。顧客の2名の方には3グループの企業からご招待あれば訪問しますが、それ以外はこちらから訪問しないこと。聞かれたことのみ答えて車の具体的なイメージや使用を言わないことなどをお願いします。

いよいよ演習が始まります。「レジャー用の車を造って欲しい」「制限はない」「時間が 1.5 時間とキツイ、急いで欲しい」旨を話し、相互に企業秘密を守る関係上、密室へ入り検討をしていただくように伝えてゲームに入ります。

冷静な皆ようは車の仕よう検討に顧客を呼び込み聞きながら作成するはず!と考えられることでしょうが、概念的に必要事項は想像がつくという思いか? 不思議と質問なく車の創作が進行します。

意地が悪いことに、3つのグループに2名の顧客、1度に2名呼べないこと、顧客はニーズが異なる条件で1台の車をつくるという内容は公開されてない状況です。だがゲームは進みます。1.5 時間の後、発表会は自慢げに行ってもらいます。

3つの車が並べられます。この段階で顧客に車を選んでいただきますが、条件は「本当にニーズに合っていること」。

このゲームで顧客はほとんど1台も選ばない状況が発生します。理由は「私のニーズを具体的に聞いてくれなかった」という発言します。そして、「あえて選ぶなら」といって理由を言っていただきこのゲームは終了します。

講師は「なぜ?顧客が欲しい車の条件を聞いて造らなかったのですか?」と話し、メーカー発想の問題点と顧客のニーズ把握の大切さを説きます。

一般に、『満足』とは顧客の実情をつかむため顧客のもとを訪れる歩数を示します。「万に満たない歩数は不足=足の運び方が足りない」という名言があります。

もし、顧客ニーズの把握で時間がかかっても、「要求が受け入れてもらえない商品を顧客は買わない!」ということを、ゲームでは身をもって学ぶわけです。体を動かし、汗を書いて 1.5 時間で顧客志向の失敗劇を体験していただくゲームです。

 

私はこのゲームを研究された大学の先生の考案に敬服しました。その理由は、「『顧客志向』という言葉は全員が頭で判っているが、実務には欠陥がある」という点です。特に、先生のお話では「我の強い研究開発者に議論を吹きかけてもダメ!経験させねば!」というお話でしたが、私は共感しました。

ちなみにこのゲームの考案者は聡明な女性の教授だそうです。また、「日本のCSを研究して作成したゲームである。」とお聞きし、その原点と取り組み、工夫に舌をまいた次第です。

まとめ

以上の内容は、メーカー発想の考えを改め、CS文化を企業内に導入する上で、基本となる重要な内容です。

そこで、 E 氏の講義内容を紹介しましたが、E 氏の話と共に顧客の満足をどの局面でとらえるかが重要になります。要は、この種の分析情報を整備して、企業の最終意思決定者であるトップがCSを実務的に行う仕組みを作って運用しない限り、この種の例は繰り返すので「ご注意!」という点です。

昨今、VOC(Voice of Customers)という内容が各社で重視されています。

ちなみに、「戦略の失敗は 100 の戦略で対処してもカバーできない」という言葉があるそうですが、新製品開発の失敗にはこの事例を証明するかの如く見える例を、多数、見ることがでるからです。現在、IT活用でアンケートの取り方は変化しています。現状ニーズを早急につかんで市場対応することで伸びた企業は多い状況です。

例えば、コンビニのセブン・イレブンなどは正にこの解析で変化対応を図ってきたことで有名です。過去、多くの企業で行われてきた対処は、マーケティングもデータを集め解析してから、稟議書作成~審議~テーマ設定を行う方式でした。だが、この方式で、3 ヶ月も経ってテーマ設定~商品化しても、今は「その時はニーズがあったデータもカビが生えた食品のようなもの」となる経済環境です。

ちなみに、セブン・イレブンはIT利用・日々マーケット調査システムを用いて「1 年に 85%を超える新製品で棚を置き換える。」「棚は倉庫ではない」としています。正に変化対応型VOCの実践が新製品開発の重要キーです。

ある意味、誰もが承知している、E氏が示した「知っていて行わざるは知らざるに同じ」を示す重要な戦略活動の要素と見るべきではないでしょうか?

 

▼お客様はどのように使い、満足を得られるのか?
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昭和45年から平成2年まで、日立金属㈱にて、全社CIM構築、各工場レイアウト新設・改善プロジェクトリーダー、新製品開発パテントMAP手法開発に従事。うち3年は米国AAP St-Mary社に赴任する。平成2年、一般社団法人日本能率協会専任講師、TP賞審査委員を担当を歴任する。(有)QCD革新研究所を開設して活動(2016年有限会社はクローズ、業務はそのままQCD革新研究所へ移行)。 http://www.qcd.jp/