4層の競争力

4層の競争力

日本のものづくりが世界でもてはやされたり、あるいはその競争力はすでに失われたなどといった議論がたびたびおこなわれてきました。

そして今もまた、失われたものづくり力といった方向に傾きがちのようです。しかし、そうした議論には、日本の経済、企業、産業、そして現場のパフォーマンスについて、概念の混同が見られ、それゆえに議論も混乱しています。

まずはこれらのパフォーマンスについて、きっちりと分けて考える必要があります。

 

第一にマクロの「日本経済」で、たしかにここでは「失われた20年+α」で、GDPはほとんど伸びておらず、昨年も不調でした。

ただし、日本の人口が減少局面にある現在では、マクロ成長を考えるうえで適切な指標となるのは、むしろ一人当たりGDPでしょう。

次に、「企業」を評価するときには、利益率やキャッシュフローがその指標となりますが、これは本社の経営の巧拙に大きく左右されます。

 

第三の「産業」は、「表の競争力」(価格、総合品質、納期など)に影響され、国際賃金差や為替レートなどのハンディキャップが介在する世界です。

国際競争の世界では、比較優位原則によって伸びる産業があれば沈む産業もあり、栄枯盛衰は必然です。

しかし、ひとつの国において全産業が一斉に空洞化するなどと説いたまともな経済学者は、過去200年にわたって皆無です。

 

リカード以来の比較優位の原理をわきまえていれば、全産業空洞化などという発想は起こりえないのです。

そして最後に「現場」ですが、これは「裏の競争力」で評価されるべきものであり、日本の優良な貿易財現場の裏の競争力を見れば、昔も今もきわめて強力です。

つまり、この20数年に失われたのは、モジュラー型の製品やデジタル系の製品に多い比較劣位産業の「表の競争力」であり、貿易財の国内優良現場の「裏の競争力」ではありません。

 

多くの議論の混乱は、これらの競争力概念の混同によって引き起こされていると言ってよいでしょう。これらは、簡単な原価式でも十分に確認可能な事実です。

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出典:『<藤本教授のコラム>“ものづくり考”』一般社団法人ものづくり改善ネットワーク
一般社団法人ものづくり改善ネットワーク


一般社団法人ものづくり改善ネットワーク代表理事◎東京大学大学院教授/東京大学ものづくり経営研究センターセンター長◎略歴 1979 東京大学経済学部卒業、三菱総合研究所入社  1984 ハーバード大学ビジネススクール博士課程入学 1989 博士号取得 1989 ハーバード大学研究員 1990 東京大学経済学部助教授 1996 リヨン大学客員教授、INSEAD客員研究員 1996 ハーバード大学ビジネススクール客員教授  1997 同大学上級研究員  1998 東京大学大学院経済学研究科教授 2002 日本学士院賞/恩賜賞受賞 2004 ものづくり経営研究センターセンター長 2013 一般社団法人ものづくり改善ネットワーク代表理事◎主要著書 『製品開+B1発力』キム・クラークと共著,ダイヤモンド社,1993/『生産システムの進化論』有斐閣,1997/『サプライヤーシステム』西口敏宏、伊藤秀史と共編著,有斐閣,1997/『成功する製品開発』安本雅典と共編著,有斐閣,2000/『トヨタシステムの原点』下川浩一と共著,文眞堂,2001/『ビジネス・アーキテクチャ』武石彰・青島矢一と共編著,有斐閣,2001/『生産マネジメント入門(I)(II)』日本経済新聞社,2001/『能力構築競争』中央公論新社,2003/『日本のもの造り哲学』日本経済新聞社,2004/『中国製造業のアーキテクチャ分析』新宅純二郎と共編著,東洋経済新報社,2005/『ものづくり経営学-製造業を超える生産思想-』東京大学ものづくり経営研究センターと共編著,光文社新書, 2007/『日本型プロセス産業』桑嶋健一と共著,有斐閣,2009/『ものづくりからの復活~円高・震災に現場は負けない』日本経済新聞出版社,2012/『「人工物」複雑化の時代』編著,有斐閣,2013/『ものづくり成長戦略――産・金・官・学の地域連携が日本を変える』柴田孝と共編著,光文社新書2013/『ホンダ生産システム』下川浩一らと共著,文眞堂,2013/『現場主義の競争戦略-次代への日本産業論-』新潮社新書2013/『ITを活かすものづくり』朴英元と共編著,日本経済出版社2015/『日本のものづくりの底力』新宅純二郎、青島矢一と共編著,東洋経済新報社2015/『建築ものづくり論』野城智也、安藤正雄、吉田敏と共編著,有斐閣2015/『ものづくりの反撃』中沢孝夫、新宅純二郎と共著,ちくま新書2016/『ものづくり改善入門』監修(一社)ものづくり改善ネットワーク編,中央経済社2017◎ものづくり改善ネットワーク